鬼とオニユリ8


 山道を外れ、一歩林の中へ入ると松明の灯りがあっても真っ暗で足元が危なかった。

 それでも、かすみから教えられた場所を目指し剛と烈火は進んだ。


「場所はここでいいのか?」


「かすみの祖父は、毎年このあたりで採取していたそうだ」


 烈火は灯火をかざし、懐に入れていたサイシンとショウマの薬草の絵図を見せる。

 どこかで見たことのあるような草ではあるが、どこでと問われれば分からぬようなありふれた草のようにも見えた。

 自分が食することができる草や木の実ならばどこにあるのか記憶はあるが、そうでないさもない草のありかまでは見当もつかない。


「根ごと持ってくるように言われている。葉だけでなく、根が薬になるんだ」

「そんな物まで薬にするとは、まったく人間の医術というのはすさまじいな」

「ああ、おどろいた。熊に襲われてできた傷口も針と糸で縫い合わせ塞ぐというのだ。そうすると、治りが早いらしい」

「我々の生活がどれほど遅れているのか、見せつけられる」

「それでも今は俺たちの力を必要としてるんだ。

 人間にできることと鬼のできることが違うからこそ、互いに協力して成すことができる。かすみは、俺の帰りを待っているんだ」


 烈火が顔を上げると天が味方したのか明るい月がでてきた。


 月明かりの下、二人は地面を這うように薬草を探す。

 草を分け、さらに松明の明かりをかざし探すが、なかなかそれらしい草が見当たらなかった。

 場所はここで合っているのだろうか? 不安になる気持ちを静め、確認する。

 渡された地図と絵図をもう一度見る。

 かすみから指示があった場所に間違いない。

 烈火は、焦る気持ちを頬を叩いて押さえる。


 焦るな! ここにあるんだ! そう思って見ないと見つかるものも見つからない。

 闇の中目を凝らす。

 すると、木々の隙間から月明かりが降り注ぐ先を見れば、指示しているかのように絵図でみた薬草と似た形の草があった。


 細い茎に、心臓型の葉をもつその植物はサイシンだ。

 根ごと必要と聞いているが、急いできたため土を掘る道具も篭すら持ってはいなかった。

 何とかして掘り出さなければならない、道具がなくとも二本の腕がある。

 烈火は、両手で土を掻きだした。

 人は滅多に踏み入れない林の中。土は踏み固められてはいない。


 しかし、容易には掘れなかった。

 豊かな土に恵まれ、草木の根は広く張り巡らされ、絡みつき地を離れることを拒む。

 それを分け掘り続ける。


 爪の間に土が入り込む。まるで、指先に火がともり燃えるような鋭い痛みが走る。

 それでも止めるわけにはいかない。

 烈火はかすみの家族を守りたかった。勇太という自分の小さな友人を助けたかった。

 勇太を失うことは、今感じる痛みとは比べ物にならないほどの痛みを受けることを分かっていた。


 烈火は、奥歯をかみしめ痛みを堪えた。

 痛みは指先だけではない。角を折った頭も鈍い痛みとともにうずきき続けている。

 指は血と泥で染まってゆくが、ひざまずいたまま掘り続けた。


 ショウマを探していた剛も背の高い穂のような花が咲いていたお陰で容易に見つけることができた。

 剛も烈火と同じ痛みを感じているだろうが、決して文句も弱音も吐かなかった。

 烈火を手伝うということは、そういうことだと剛には覚悟があったからだ。


 二人は、泥と汗で汚れることも気にせずひたすらに掘り続けた。

 しばらくし、持てる小篭がいっぱいになったところで剛が烈火を促した。


「時間がないのだろう、これで一度村へ戻れ。後は、俺がもう少し摘んで明るくなったらつばめを使いに出そう」


 烈火は、着ていた上衣を脱ぎ薬草が落ちぬよう丁寧にそれで包み背に襷掛たすきがけにかつぐ。


 胸には剛への感謝の思いがこみ上げていた。

 剛に言いたいことが山ほどある。


 なぜ相談もなく、角を折ってしまったか。

 禁を破り人里に侵入してしまったか。

 これまで、どれだけ剛の存在が支えになっていたのか。


 今、言わなければ、角を折った烈火はもう鬼の集落には戻れないかもしれない。

 今、言わなければ……。

 そう思えば思うほど言葉は胸につかえひとつも出てこなかった。

 烈火は、こみあげそうな涙をぐっと抑えた。


 そんな時間は少しもないからだ。

 かすみが、勇太が烈火の帰りを待っている。


「烈火、行け! 鬼も人間と心根は変わらないことを教えてやれ」


 それができるのはお前だけだと言わんばかりに、剛は烈火の背を押した。

 烈火は、万感の気持ちを込め剛に、鬼族の族長に深々と頭を下げた。


 たとえ角を折ったとしても、剛は烈火を鬼として扱ってくれた。

 もう、鬼の集落に戻ることはできないと覚悟をしていた烈火にとって、剛の変わらぬ態度がうれしかった。

 戻れるとは思わないが、剛は烈火のしたことを許し認め、手伝ってくれた。

 それだけで、烈火は救われた気がした。


「剛……ありがとう!」


 剛はほほを緩めうなずき、駆け去る烈火の背を見送った。


 烈火ならば、人間と共に歩む最初の鬼になるかもしれない。


 そう願わずにはいられなかった。

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