鬼とオニユリ7

 人間にやられたのか、それともかすみのために自ら折ったのか、どちらにせよなんと無茶なことをしたのか。

 剛はあまりにも大きな代償を払った烈火の姿に、深くため息を吐いた。


「すまない。仕方なかったんだ……」


 その言葉で、剛は烈火が自ら角を折ったことを察した。

 剛は、すぐさまかすみのことが頭をよぎった。


「恋する娘のために、角を折って人間になろうとしたのか? 

 角を折ったところで人間になれるわけがないのに……」


 他に答えが思い浮かばずに剛は烈火を見返した。

 烈火は、なんとか剛に本当のことを知ってもらいたいと説明する。


「違うんだ。かすみは、俺が鬼であろうと好いてくれるといった。それだけで、十分だ。人間になりたいなどと思わない。鬼である俺でいいと言ってくれた」

「ならなぜ、角を折った?」


 剛は、まだらの眼をすがめめいぶかしむ。


「人間に、鬼だからといって危害を加えるとは限らないと信じて欲しかった。山に入り熊に襲われ怪我をした子供がいる。助けてやるためには、人間たちにどうしても俺を信じて欲しかった」

「……なんとおろかな」


 剛の口かられたのは、きつい言葉だったが他になんと言ってよいか言葉がみつからなかった。

 心優しいもの、思いやりのあるもの、そういったものばかりが傷つき、損をする。

 剛は、そんな仲間を守りたいと強く、厳しくあったのに結局、烈火がこうして傷ついている。

 自分の力が及ばなかったことを剛はもどかしく思った。


「愚かでもいい。救ってやりたかったのだ。小さな命を。希望を……」

「角を折るものは今までもいた。しかし、みな不幸になった」

「俺は不幸になってもかまわない。かすみと共にいれるのならば」

「人間と共に鬼が歩めると本気で思っているのか?」


 いや、あの娘となら共に歩めるかもしれない。しかし、希望を持てば、裏切られたとき傷つくのは烈火だ。

 絶対と言いきれない以上、烈火をぬかよろこびさせることなどできやしない。

 烈火もまた、剛の言葉が本当は何を言いたいのか痛いほど分かっていた。

 厳しく聞こえる言葉も、烈火のためを思ったこと。

 だからこそ、自分は一人でも大丈夫だと剛に告げなければいけない。


「人間と共に歩めるかどうかは俺にも分からない。でも、歩んでみたいと思った。人間すべてとは言わない。ただ、彼女と共に歩いてみたくなったんだ」


 烈火が何かを強く欲するのを見たことのない剛は、目を見開いて驚いた。

 鬼の集落に来てからも、人間に助けられた鬼、人間に飼いならされた鬼だと、溶け込めなかった。

 次第に、理解されつつも一度できた隔たりはなかなか消えずしかたなく山守りを任せ距離を置かせていた。

 しかし、剛は、族長として気にかけていただけでなく、烈火が集落に来たときからの友であった。

 烈火のことは弟と思うほど、よく知っている。


 だからこそ、この言葉どおりに意思は固くたがえることはなく、誰が何と言おうともう曲げることはないだろう。

 自分の命を賭けてまで、人間の子を救おうとする鬼。


 かつて烈火自身が人間に救われたように……。

 なんという不思議なめぐり合わせであるのか。


 鬼と、人間が力を合わせようとしている。


 でもなぜ、烈火でなければいけないのか……。

 自ら、つらい道を選んだ烈火を剛は、素直に応援する気持ちにはなれなかった。


れつ、お前はやはりおろかな鬼だ……」


 言葉とは裏腹に、剛の声音は烈火をひどくうれうものであった。

 烈、という呼びかけは剛が族長になる前、まだ烈火が子供だった頃の呼び名だ。


 親愛を込めた呼び方に烈火は胸が痛くなった。

 もう、あの頃には戻れない。けれど、剛があえて昔のように烈火を呼んだのは、角を折っても、どんな姿になっても、鬼であり仲間だと剛は言いたいのだ。


 族長と言う立場から、烈火の行為は何一つ認められないが、族長という肩書を下せば烈火の幸せを祈る兄であった。


 剛とて烈火のことを弟のように、心配していた。

 不幸になどなって欲しくはない。

 仲間を家族を守りたい剛にとって自分の手の内から飛び出し渦中かちゅうのぞむ烈火を哀れに思っても、その行動を否定し、不幸になって欲しいとは微塵みじんも思わなかった。


 救われて幸せになって欲しい。願いはそれだけなのだ。


 誰しも幸せになる権利を持っているはずなのに、鬼であるがゆえにそれすらも許されない。

 剛は、そのことにいきどおりをもっているだけで烈火やかすみの今までの慣習からはずれた行動を不快に思っていたわけではない。


 剛は、ため息を吐き、そして、大きく息を吸った。


 新しい息吹。新しい風を。


 夜の闇にあって、尚も輝く月の光を。


 ここから、何かが変わるのだ。

 鬼と人間の関係が。


 自分は、鬼族の族長だ。ならば、一族の幸せを仲間の幸せを考えなければいけない。


 烈火とて例外ではない。

 烈火が重荷を背負うなら、分けて背負えば良い。


 剛の心も決まった。


「何を手伝えばいい?」


 烈火は、剛を見つめ返した。

 思いもよらない申し出に、烈火が目をまばたく。


「子を持つ親だ。救える命なら、人間であろうが協力しよう。一人より二人の方が役に立つだろう」


「剛! 恩に着る」


 二人は、薬草を求め山奥へ分け入った。

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