鬼とオニユリ4

 疑う心は闇を呼び、あたりを暗く不穏にする。


 烈火は、体を打ちのめされたことよりも、心が引き裂かれたような気がし堪らず叫ぶ。


「勇太を傷つけるなど絶対にない!

 俺は誰も傷つけたりしない。信じてくれ!」


 疑心暗鬼の村人と烈火の間にかすみは夢中で割って入る。


「みんな、誤解よ。勇太の傷を見れば、熊の爪でかれたことが一目でわかるわ。烈火じゃないのよ」


 確かに、えぐられたむごい傷は獣によるものだとわかる。

 烈火の爪は長くない。人のそれと変わりはない。


「鬼も人も同じ心を持っているの。恐れないで!

 烈火は、勇太を救うために危険も顧みず、わたしのところへ来てくれたのよ」


 かすみの祈るような叫びは、村人の心を揺さぶるがまだ足りない。

『確かにそうかもしれない……』と、戸惑うものもいれば『鬼を信用していいものだろうか……』不安に思う者もいる。

 時間をかければ、かすみの気持ちは届いたかもしれないが今は一刻の猶予もない。

 烈火は、いたずらに過ぎていく時間を思いいらだった。

 穏やかにこの場を納めたかったがこれ以上時間を無駄にするわけにはいかない。勇太の命がかかっている。


「もう時間がない。俺は行くぞ!」

「させぬわ。お前を放つくらいなら別の者を行かせる!」


 村長は、自分の命令ならば誰かが行くだろうと自信ありげに周りを見回すが、村の者は目をそらすばかりでうなずく者はおらず、いらいらと喚き散らした。



「よく考えなさい。烈火とわたし以外に恐れずに山に入れるものがいるの? それにこの夜の闇の中では人間では薬草を探すことなど不可能だわ。

 人間の足じゃ、行って帰ってくるまで夜が明けるわ!

 それじゃ……それじゃ、勇太を救うことはできない!!」


 そう、かすみでもこの村の誰でも無理だ。

 烈火だけが、勇太を救う一筋の希望の光なのだ。


「この鬼を逃がせば、村が全滅するかもしれん。お前の言うことは聞けん」

「勇太を見殺しにするのですか!? 薬草さえあれば助かるかもしれないのに」


 かすみが村長の胸倉に掴みかかるが、村人は誰も止めなかった。

 かすみの言い分も十分にわかるのだ。


「それも、皆が生きるためにはいた仕方あるまい」


 そして、村長の言うことにも一理あるということが。


「命は平等なのよ!

 鬼だとか人間だとか、一人とか大勢とか関係ない。

 一つ一つがやり直しのきかない大切な命なのよ!」


 勇太のことに限らない。かすみはすべてのことに対してそう思いながらもずっといきどおりを抱えていた。

 その魂の声は皆の心に届き広がる。

 村人がざわつくのは、揺れているから。

 かすみを薬師として信頼しているからこそ、その言葉は重く響く。

 どんな患者であろうと、かすみは見捨てない。

 彼女の母も祖父もそうだったように。かすみは、どこの誰であろうと救おうとする薬師であることを知っている。

 年若いかすみの言葉には、薬師としての重みがあった。

 皆、新しい村長に従いかねているのは事実だった。


「決断しろ! 俺を行かせてくれ!」


 縛られたまま身を乗り出す烈火。

 かすみの悲痛な叫びを聞けば、大切な者の命が奪われようとしていることに抗うのも限界が来ていることを感じる。

 彼女には、まだ薬師としてやることがある。

 こんなところで時間を食っている場合ではない、一刻も早く薬草を得なければ。


「くどい! お前は鬼だ。村を守るため行かせるわけにはいかない!!」


「それは俺が鬼だからか?? 

 鬼だからと言うのか!?」


 烈火の剣幕におされながらも、村長は不信をあらわにする。


「そうだ。人間でない者など誰が信じるものか!」


 かすみは、村長の言葉に身が冷たくなるのを感じた、このままでは、烈火の立場だけでなく鬼族全体の立場が悪くなる。

 かすみは勇太も烈火も失いたくないのに、何一つ守れない無力さに崩れ落ちそうになりうなだれる。


「烈火……もう、いいわ。わたしが山へ行くから」

「それでは、勇太は助からないとお前は言ったではないか」

「……それでも、できることをしなければ」


 そう言い烈火を仰ぎ見たかすみの双眸そうぼうは涙であふれていた。

 こんなに、不安げなかすみの姿を見たことは無い。

 いつでも気丈で、芯の強い彼女が動揺している。

 それは、山へ入ることへの恐怖ではない。

 彼女は、自分が薬草を採りに行ったのでは時間的にみて、勇太が救えないことを一番よくわかっているからだ。


「かすみは勇太のそばにいなければいけない。薬師はお前しかいないのだから……」


「でも、村人は山には入ることはできない……。『鬼』に怯えている。心に棲む鬼に……」


 烈火は不安で消え入りそうなかすみを抱きしめ励ましたかったが、それもかなわぬ鬼の身がもどかしかった。

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