鬼とオニユリ3


「傷の治療は終わりましたが、これから必要な薬草が足りません。

 烈火に……あなた方が捕えた鬼に取りに行ってもらおうとわたしは考えています。

 彼を解き放してください!」


 村長の家に集まっていた者たちが、一同に息を飲む。

 そして、それしか方法がないのか、そんなことをできるものかと、ざわざわと混乱が広がる。 


「彼の力が必要です。たとえお許しがなくとも、わたしは彼に助けを乞います。

 烈火! お願い。あなたの力を貸して!」


 かすみは、柱に縛られている烈火に駆けよるとその縄を解こうとした。


「ならぬぞ! かすみ!」


 村長が激高し、村の者たちも慌ててかすみを制止する。


「止めないでください。勇太を救うためには、山を熟知した彼の力が必要なんです」


 入り乱れた状況の中、烈火がかすみに問う。


「俺は何をすればいい?」

「薬草を探してきて欲しいの……」


 この冬、村では悪い風邪が流行り死者こそはなかったものの熱さましの薬も鎮痛薬も底を突いていた。

 春から初夏の薬草は摘み終わり、咳やのどの痛み、去痰の薬は補充できたが、解熱や鎮痛の薬に用いる薬草はこれからが盛りのため収穫はしていなかった。

 薬効の高い時期に摘みたいという思いもあったからだ。

 サイシンとショウマがあれば、祖父から伝えられている解熱鎮痛の薬が調合できる

 かすみは、二つの絵図と祖父の書き記した山の地図を手に取ると烈火に見せた。


「この草の葉と根が必要なの。見覚えはある?」


 サイシンは、鉾卵型のやや肉厚の葉で、濃い緑色をしている。

 ショウマは、夏に猫じゃらしのような白い花をつける。葉は先のとがった卵型で2、3又に分かれているその縁はのこぎりの歯のようだ

 この二種類の薬草と他に補助的な薬草を調合すれば、熱を下げ痛みもやわらげる薬ができるのだ。

 収穫するには、わずかばかり時期が早いが多く採取すれば薬効はでるかもしれない。


「意識して見たことはないが、見覚えがある気がする。葉が枯れてなければ分かるはずだ」


 烈火は、山に生える草花を薬として見た事がないため確信は持てなかった。それでもかすみの持つ山の地図だけでそれがどのあたりなのかは検討がついた。

 毎年集めていたというならばそこにあることは間違いない。草木は、枯れても繰り返し同じ時期に同じ場所に咲く。種がこぼれ、根が張り、四季を伝えるために。


「似ていて判別ができないときは、とりあえず摘んできて。わたしがもう一度見るから大丈夫」

「分かった。すぐに行こう」

 そう頷く烈火を頼りに、かすみは急いで戒めを解こうとした。しかし、村長が再びきつく制止する。


「そんなことは断じて許さぬと言っておるだろうが!」


 まだ、自分は許されていないと感じた烈火は歯がゆい思いをしながらも、かすみに縄を解くことはしばし待つように小声で言う。

 自分が解き放たれれば、この怒りで我を忘れ体面を汚されたと思い込んでいる村長や、怯え恐れる村人を刺激するからだ。

 烈火は、努めて抑えた声で問いかける。


「村長よ。なぜ行ってはならぬ? 俺は夜目も利くし、山には詳しい。勇太を助けるためには時間がないだろう」


 村人から受けた殴る蹴るの仕打ちは、烈火の心を傷つけたが頑健な体には我慢できない痛みではなかった。

 すぐにでもかすみの言うとおり山に駆けだすことはできるが、この村人混乱しきった村人のなかに彼女を置いていってよいものだろうか?

 それが気がかりで、すぐさま駆けだしたい気持ちをぐっと抑える。

 なんとか穏やかにこの場を納め目的の薬草を取りに行きたい。

 烈火が勇太のことを本当に友と思い、助けたいという気持ちがあることを少しでも分かってもらえれば……。


「勇太を助けるために、ここにいる者たちに俺が山に行くことを許して欲しい。俺にとっても勇太は大切な友なんだ。そのことを分かって欲しい」


 柱に縛られたまま、祈るような気持ちで村人に呼び掛ける。

 村人は真剣な烈火の様子に戸惑いながらも耳を傾けていたが、村長だけは頭から疑ってかかり頑なに拒んだ。


「だまされてたまるか! お前を、逃がすわけにはいかない。どうせ、仲間を呼んでくるつもりだろう!」

「俺は、ただ勇太を救いたいだけだ! どうして分からない? 

 人間は子供が大切ではないのか!?」


 鬼の村は衰退の一途をたどり、子供はもうつばめしかいない。だからこそ、子供は何よりも希望で宝。皆で育てるものだと思っている。

 自分たちの保身ばかりで、勇太のことを顧みない村長に烈火は憤りを感じた。

 声を荒げれば怯え、気持ちが伝わらない。

 これ以上どうすればいいというのだ。


「自分たちの心配より、勇太の心配をしたらどうだ?」


 烈火は感情を押し殺し、努めて静かに諭す。

 やんちゃな悪童かもしれないが、誰よりもかすみのことを心配し慕っている少年だ。

 かすみのために、鬼にすら物おじせず突っかかってきた。

 大切なものを守ろうと必死だった勇太を見殺しになどできない。


 だからこそ、烈火は危険を承知で人間の村まで助けを求めにやってきたのだ。


「お前が襲っておいてなにを言うか!」


 村長の言葉に、人々は息を飲む。

 多くの者が傷ついた勇太を、そしてそれを抱えた血まみれの烈火を見ている。


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