鬼と少年8



 かすみの足では、一刻はかかる道のりも烈火が駆ければ半分の四半時だった。

 烈火は、村へ行くのは初めてであったが、かすみの家がどれかだけは知っていた。


 烈火の住む場所からは、村全体がよく見渡せ、時折かすみと指差しながら話をしたからだった。

 かすみの家は、柿の木がそばにある大きな家だった。

 一人で住むには広すぎると寂しそうに笑うかすみの姿が思い出され胸が痛む。

 かすみの祖父が村長だったことと、診療所や寺子屋を兼ねていたため広いのだ。

 柿の木は秋には実がたわわになるという。

 時期なったら飽きるほど持ってきてくれると言っていた。


 烈火が息を切らし、かすみの家の前にたどりつくとそこには、見知らぬ男たちが立っていた。


 うわ言のように勇太が言ったことが思い出された。



 しかたなく、勇太を背負ったままその男たちに話かける。

 話せば分かってくれる。

 烈火は、自分にそう言い聞かせて気持ちを奮い立たせる。


「かすみはいるか? 勇太が大怪我をした。かすみに見てもらわなければならない」


 言葉は通じたようだが、男たちは烈火の姿を見て凍りつく。


 山のように高い背、逞しい体躯。


 暗闇の中で黄金色に輝く瞳。


 そして、二本の角。


 他の者も、松明の明かりで彼を照らす。

 浮かび上がるのは、角を持つ大きな大きな影。



「鬼!? 鬼だっ!!」


 上ずる叫び声を上げて大の大人が烈火におび後退あとずさる。

 それでも、烈火は必死で話し掛けた。


「落ち着いて聞いてくれ。かすみに会わせて欲しい。勇太が熊に襲われた。猶予ゆうよがない、かすみを呼んでくれ」


 村人が見れば、鬼の背に勇太が青い顔をし血まみれで背負われている。

 その場にいた村人はその姿に驚き逃げまどった。


 烈火と勇太の間に何があったのか知らない者たちは、『鬼』が子供を食らおうとしたと思いこんだのだ。

 村に伝わる鬼の話は、人間をかどわかし食らうものばかりだ。

 過去にそういうことがあったのかどうかは定かではない。

 ただ、この昔話を使い人間と鬼は長く住み分けをしていたことは事実だ。


「子供に何をした!?」


 怯えながらも村の男が、烈火に棒きれを突き付ける。


「それより、かすみはどこだ」


「お前が子供を傷付けたのか!?」

「勇太が鬼に襲われたぞ!」


「違う。俺じゃない」


 鬼が子供を食らおうとして、鬼が……鬼が……。

 思いこみが先走り、村人たちの間には烈火が勇太を傷つけたと広まった。

 鬼が来た。悪い鬼が子供をさらいに来たと。


 鬼を恐れながらも子供を救おうとする村人に、烈火は連れていた勇太をひったくられた。

 勇太は、熱でうなされながらうっすら目を開け、小さく烈火の名を呼んだようだったがそれは烈火の耳にしか届かなかった。


「勇太っ!」


 手を伸ばしても届かず、瞬く間に烈火は村人に囲まれ攻めたてられた。

 しかし抵抗はしない、ここで暴れれば騒ぎが大きくなると分かっているからだ。


 村人になされるまま、棒でしたたか殴られ、抑えつけられ膝を地につける。

 鬼がいくら頑健であっても、痛みは伴う。

 それをこらえ、烈火は訴える。


「俺を捕えるならそれでもいい。その子を早く薬師くすしに見せろっ!」


 その言葉は、村人の怒声や罵声でかき消される。 

 捕らえられた烈火は戸口の向こうにいるはずのかすみにすがるように叫ぶ。


「かすみぃぃ!!」


 *


 その叫びが、戸張とばりされ屋内に閉じ込められているかすみの耳に届く。


「烈火……!?」


 まさか、そんなわけない……。と、かすみは考え直した。


 鬼の彼が人里に降りてくることはあまりにも危険で無茶なことだ。

 しかも、大声で叫ぶなどしたら村人にすぐに見つかってしまう。

 思慮深しりょい烈火がそんな無謀むぼうなことをするわけはない。


 ありえない、あってはいけないことだとかすみは頭を振る。

 だが、思い返せば返すほどそれが烈火の声だとしか思えなかった。

 だとしたら、危険を顧みず来なければならない理由があったということだ。

 ならば間違いなくかすみのもとに来るはず。


 見張りだらけのこの家に……。

 かすみは青ざめ、戸口に走る。

 戸を開けようと力を入れるが、びくともしない。


「開けて!! 何があったの!!」


 どんどんと力まかせに叩くが、人の気配がない。

 すでに、烈火を縛り上げ引き連れて行った後のためだ。


「誰かいないの!? 返事をして!」


 かすみが困っているときはいつも烈火が助けてくれた。

 なのに今、烈火が苦しんでいるときに駆けつけることさえできないなんて!!

 かすみの声が静かな部屋に響く。


「誰か……、烈火を助けて……」


 かすみは、戸にすがりつき土間どまに膝をつく。


 無力な自分がうとましく、拳で何度も戸を叩き訴え続けた。

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