鬼と少年6
昼間は暖かな木漏れ日で満たされた山道も、夜ともなるとその姿は一変する。
幾重にも重なる枝葉から洩れる星明かりはあまりにも儚すぎて勇太の足元まで照らすことはなかった。
暗い道。闇に吸い込まれるように、道を分け進み、いつしか道に迷ってしまった。
(
闇の檻にとらわれた勇太は、震えながら立ち尽くす。
遠くでは梟のホウという不気味な鳴き声や、夜の生き物たちが我が物顔でうごめく気配が感じられた。
「うわぁぁ!!」
勇太は、堪らず闇雲に駆けだした。
そして、最悪なものを引き寄せてしまう。
山の荒ぶる神。
――― 月の輪熊だ。
雄熊は、先日、烈火とかすみが出会った熊よりも大きかった。
獣の生臭い息。飢えた獣の欲する肌を刺す殺気。
かちかちと打ち鳴らされる歯は威嚇の音。
口角からは泡が飛ぶ。
血走る目に睨みつけられてじりじりと後ずさりする勇太。
「烈火、助けてっ!」
勇太は思わず叫んだ。
一番頼りにしている者の名を。
*
その声は、烈火の耳に微かに届いた。
「勇太の声が聞こえたような……。まさかこんな時間に山に?」
ありえないと思ったが、万が一と思い返した。
先日の件があるからだ。
子供は大人が考えもしないような、無茶な行動に出る。
烈火は、夕餉の椀もそのままに飛び出して山道を下って行った。
*
暗がりの中に光る目。
熊と対峙したまま、勇太の足は震え動かない。
その場から逃げだしたいという思いは、本能から来る。
恐怖には勝てず勇太は、熊と遭遇した場合に一番してはいけない行動をとってしまう。
背を向けて、一目散に逃げ出したのだ。
だが、熊は逃げるものを本能的に追う。
そして、その足は人間よりはるかに速い。
大人とて逃げ切ることは不可能だ。
勇太はたやすく追いつかれ、小さな背に巨大で獰猛な爪が振り上げられた。
それは、急いで駆け付けた烈火の目の前で起きた。
熊は、服ごと柔らかな勇太の背を
爪が肉を
勇太は、叫び声も上げられないまま地べたに転がされた。
「勇太ーっ!」
烈火は、叫びながら駆け寄る。
深い傷なことは容易に想像できた。
倒れてぴくりとも動かない勇太を、熊はさらに
烈火は、わが身も顧みず勇太と熊の間に割って入る。
今はこれ以上勇太を傷つけられないように守ることだけが唯一、彼にできることだったからだ。
ぎらぎらとした目を向ける熊。
先日の熊とは違うこの山の主とも思えるような、大きな雄熊である。
烈火は思う。
相手は、獣だ。
視線をはずせば、すぐに襲ってくる。
人間は、鬼もこの獣と同じ生き物のように言う。
ずっと、自分は獣とは違う、そう思っていた。
しかし、烈火は、今だけは獣であってもかまわないと強く思った。
今、勇太を守るためには自分はそうなるべきだと覚悟した。
俺は鬼だ。
人間ではない。
鬼、なのだ。
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