鬼と少年5


 かすみを囲む輪には入れず戸口で様子をのぞき見ていた勇太は、かすみが外出を禁じられる様子を見て息をのんだ。


(間違ってない、間違ってない! これは、正しいことなんだ! おれは、悪くない)


 正しいことをしたのだと言い聞かせるように何度も心の中で繰り返す。

 誇らしく思ってよいはずなのに、胸がきしむのはなぜだ。


「勇太、よく教えてくれたな」


 出てきた村長に肩を叩かれながら、勇太は自分に言い聞かせた。


(そうだ、おれは、悪くない。悪くない。姉ちゃんを鬼から守ったんだ。これで、姉ちゃんが戻ってくるはずだ。なのに胸が痛むのはなぜ?)


 勇太は、ぎゅっと両手で下衣かいを握りしめた。


「……勇太、そこに…るの?」


 びくっ!

 板壁の隙間からのぞいた勇太は、かすみの視線が自分のことを捕らえたのかと思い身を硬くした。


「姉ちゃん……」

「わたしのことを嫌いになってもかまわないから、どうか烈火やつばめちゃんのことまで嫌いにならないでね?」


 かすみのことを嫌いになる? そんな、ことあるものか!


「かすみ姉ちゃん!」


 勇太に心配をかけまいと、涙をこらえて微笑むかすみ。

 しかし、その頬はすでに涙でぬれていた。


 見たくなかった。


 こんな、悲しそうなかすみを見たくて言いつけたわけではない。

 かすみの笑顔を取り戻したかっただけ。


 ……間違ってたんだ。


 俺のしたことは間違ってたんだ!


「……かすみ姉ちゃん、お……れ……」


 どうしたら、どう謝ったらいいんだ!



 烈火に出会ってからの、かすみの様子が思い出された。

 かすみは、村で責任ある仕事をしている。

 薬師とて、万能ではない。

 何かあれば、結局かすみのせいにされることも多かった。

 祖父の後を継いだといっても、女だてらに薬師と蔑む村人もいない訳でもないことは勇太もうすうす知っていた。


 自分の父親とて、勇太の母親が勇太を生んですぐに亡くなったことをかすみの祖父やかすみのせいと憎んでいるふしもあった。

 かすみは、いつも一生懸命なのに……。

 勇太には、それが十分すぎるほど分かっていた。


 いつも笑顔の下に、真摯しんしな医術に対する熱意と責任を持っていることを。

 そして、薬師をしていく以上、村人の恨みをうけることもあると言う覚悟を確かにもっていることを。


 しかし、かすみは泣かないのだ。

 寂しげな顔など、しない。

 誰の前でもだ。


 それが、烈火にだけは違っていた。

 烈火の前だけでは、かすみは歳相応の娘に見えた。

 薬師としての、顔ではない。

 ただの、娘としての幸せな笑みを烈火にだけは返すのだ。


 そして、烈火の話をしているときのかすみは、美しかった……。


 その笑みを取り上げたのは他でもない自分だ!

 ずるくて、汚い俺なんだ。

 どうすればいいんだ。


 ――― 『勇太、上手くいえないけど。

      わたしは、自分の目で見たことを信じたいと思うの』


 かすみの言葉が思い出された。

 俺の目で見たこと……。

 かすみが幸せそうだったこと。

 烈火は、自分に乱暴などしなかったこと。

 寂しそうにしていたこと。

 つばめは、村の子供とかわらない生意気でおてんばだったこと。


 ―――『勇太。かすみは、お前のことを頼りにしている。

     守ってやってくれ。俺は、人ではないから里へはいけない』


 そうだ、俺は、烈火にかすみ姉ちゃんを守ってくれと頼まれたのに……。


 約束も破った。

 かすみを裏切った。

 どうして、こんなことをしてしまったんだ。

 かすみを独り占めしたかった。それだけだったのに……。

 かすみのことが大好きだから、こんな悲しい顔をさせたいとは思わない。


 村長の命令で、村人がかすみの家の戸に芯張りの棒をかるため手を伸ばすと、勇太は夢中でその腕にしがみついて食いとめようとした。


「違うんだ! かすみ姉ちゃんは、なにも悪いことしてない!」


 大人の男に、子供が敵うわけはない。


「子供はだまってろ!」


 と、勇太が必死でしがみついたうでも軽く払われてしまう。


「烈火は、いい鬼なんだよ。ほんとうにいい鬼なんだよ!!」

「大人の邪魔をするな」


「うわっ」


 腕を振り解かれ、勇太は尻もちをついたがそれでも、食らいついた。


「かすみ姉ちゃんは嘘ついてないんだ」


 それを聞いて、かすみも小窓から顔を覗かせた。


「わたしのことは大丈夫だから、もうお帰りなさい。ね」

「ごめん。ごめんよ。かすみ姉ちゃん……」

「もう、いいから泣かないで」


 そう言うかすみのほうが泣きそうな顔をしていた。


 勇太を安心させようと微笑もうとしていても、そのくらいすぐにわかる。

 何があっても泣かないかすみが自分の見えないところでまた泣こうとしている。

 勇太は、決してかすみの涙が見たかったわけではない。

 なんとかして、かすみを自分の元へ引き止めたいその一心だったのだ。

 それが、かすみを幽閉するという罪人めいた仕打ちをうけるとは、勇太は想像もしていなかった。


 これでは、かすみは烈火の元へいけないばかりか自分と話すことすらままならぬ状態になってしまった。

 かすみは、確かに鬼と会っていた。

 烈火に好意を寄せていた。


 しかし、それは閉じ込められなければならないほどの罪なのだろうか?

 誰かを好きになることは、罪なのだろうか?

 こんなことになるなんて!そんな、こと間違っている。

 ようやく勇太にも、それがわかった。


 ――――――烈火は優しい鬼よ。


 かすみの言葉が思い出された。

 そしてあのとき、嫉妬した二人の様子を思い出した。

 幸せそうなかすみの顔、そして、烈火の鬼とは思えぬ穏やかな笑み。

 互いに思いあっている二人が、結ばれないなんて間違っている。

 それも、自分のせいで……。

 勇太は、罪悪感で胸が引き裂かれそうになる。


 もう、どうしていいのかわからなかった。

 ただ、かすみに謝りたかった。

 そして、今日もかすみをまっているだろう烈火に謝りたかった。

 自分がずるくて卑怯で、かすみをひどい目にあわせてしまったことを詫びて許して欲しかった。

 かすみを助けて欲しかった。

 勇太もまた、烈火以外に頼れる大人がいなかったのだ。


 そして、勇太は逢魔ヶ刻のせまる山を烈火に会いに駆けて行った。

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