鬼と少年4
そのころ、勇太は村に戻り不貞腐れながら小石を蹴り歩いていた。
すると、勇太の父親が憮然とした様子で呼び戻しに来た。村長が呼んでいるからついてこいという。
最近、勇太とかすみが山へはいっていく姿を見かけた者がいるというのだ。
(しまった。見られていたのか……。しらばっくれておこう。後で姉ちゃんにも知らせないと)
勇太は、はじめそうして事実を否定しようと考えた。
自分も怒られ、かすみも山へはいけなくなるからだ。
――― かすみが山へいけなくなる?
それは、烈火に会えなくなるということでもある。
そのことに気付いた時、勇太の耳に甘いささやきが聞こえた。
(村長に、本当のことを言えば、かすみはもう二度と烈火と会うことはできなくなる。そうすれば、俺だけの姉ちゃんにもどる……)
どくんと胸が音を立て跳ねた。
そんなことをしてはいけない。
いいや、これはいいことなんだ。
かすみを守るんだ。
これが正しいんだ
勇太はごくりと唾を飲み、口を開く。
「俺、見ました。かすみ姉ちゃんが山へ行くのを」
「なんと!」
「かすみ姉ちゃん、鬼と会ってるんです」
「何ということをしてるんだ。前の村長の孫だからと大目にみていればとんでもないことをしでかしおって! かすみはどこだ!」
(おれは、間違ってない……。だって、鬼と会うのはいけないし危ないことなんだから。
かすみ姉ちゃんが、いけないことをしているのが悪いんだ!)
*
かすみが往診から戻ると、村長、そして、四、五人の村人が険しい顔でかすみの家の前で待っていた。
張り詰めた空気、咎める視線を感じ、かすみは何の用向きで人が集まっているのか察しがついた。
その大人たちに隠れるように勇太の姿を見つけ、その思いは確実なものとなる。
―――― 山へ行っていたことが知れてしまった。
勇太がどういう経緯で話したのかまでは分からないが、何か訳があり話さずにはいられない状況があったのだろう。
かすみは勇太を責める気にはならなかった。
自分一人の秘密にしておけなかった自分が悪いのだ。それに、勇太が烈火やつばめと喧嘩のように見えても会話している姿はほほえましくもあった。
秘密を分かち合える勇太という仲間がいることを、かすみはとても心強く思っていた。
しかし、まだ子供である勇太に、甘えすぎてしまったことを反省した。
一呼吸置くと、かすみはこれから何が起きるのか予想もつかないとばかりにとぼけて問う。
「みなさんおそろいで、なにごとですか?」
小首をかしげてたずねるかすみの姿を見て、拍子抜けした村人も多かった。
「お前に話がある」
「ええ、どうぞ。今、お茶でも」
のほほんとお茶を進めようとするかすみ。
からかっているわけではなく、互いに大声を張り上げればそれだけこじれると経験的に分かっているからだ。
祖父もこうして、いきり立つ村人をなだめていたものだ。
「いらん! それより、そこに座れ!
勇太から話は聞いた。山へ入っているそうだな」
村長の言葉にかすみの、動きがぴくりと止まった。
それを、誰もが見逃さなかった。
「本当なのだな」
念を押されると、かすみは、ひとつ大きく息を吐き村長たちを正面から見返した。
「はい。おっしゃる通り、わたしは山へ行きました」
隠すような悪いことをしているわけではない。かすみの腹は決まった。
それが賢いやりかたでないことも分かっていた。
しかし、勇太を嘘つきにはできない。それになにか動かないではいられなかったのだ。
村長は、顔を真っ赤にしながら拳を握る。
若い娘が開き直った、あるいは居直って見え馬鹿にされたと感じているようだ。
「かすみ! 掟を破るとは何事だ!」
村長が怒鳴ると、回りにいた村人は一同にビクリと身を縮めたが、かすみだけは
「確かに、わたしはたびたび山に入っています」
「たびたびだと!?」
「しかし、それは祖父とて同じことです。貴重な薬草を取るためには山に入る必要があるのです」
そう、知らなかったのは村人だけでかすみは、前村長だった祖父が山へ入っていたことを知っていた。
一同はざわつく。
かすみや、祖父
「うむ……」
苦虫を噛みつぶしたような渋い顔をする、村長。
これを機に、めざわりな前村長の孫娘にどうしても灸を据えたい。
「では、それを百歩譲ったとしても、鬼と接触したことをなぜ黙っていた!!」
「鬼を知りたかったからです。鬼は人を食らったりしません。うわさのような恐ろしいことなど何もないのです」
「ざれごとをぬかすな!」
「確かに、鬼のことすべて分かるというわけではありません。しかし、少なくともわたしの知っている鬼たちは、人と変わらず優しい心を思っております。わたしたちはもっと歩み寄るべきです」
山と里を隔てるものなど、心だけなのだ。
歩み寄れば互いに豊かで安心した暮らしができる。
かすみの願いは、鬼も人も合わせ多くの人が心と体が安らかに暮らせることだけなのだ。
しかし今、ここに集まっている人々は、『人間』の今の暮らしを維持したい。
自分たちだけ、自分だけ……一人で生きていける者などいないことを気付かないのだろうか。
かすみは、もどかしい気持ちでいっぱいだった。
そんなかすみに浴びせられる言葉は、
「鬼にたぶらかされおって!」
「人を虜にして食らう鬼もいると言うしな」
鬼を見たこともないのに、どうしてそんな噂話を信じるのか。
鬼に実際にあったかすみの話は信じないのに。
「烈火は、そんな鬼じゃありません!」
「人間のお前が、鬼をかばうのか!?」
「大事な人です!」
「鬼と人間が一緒になろうなどと、汚らわしい。我々をからかっているのか?」
「違います。鬼は、角を持っているだけで心は人間と変わらないのです!」
「戯言はもういい。かすみを家から出すな。いいな!」
息を呑むかすみ。
それでも引きさがらない。
「まって、話を聞いてください! 話を!」
かすみは泣きながら崩れ落ちた。
「なぜ分かってくれないの……」
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