鬼と少年2
家の中では烈火が、なにか探し物をし、ごそごそとつづらをひっくり返している。
もともと、物を多く持っていないため目当ての物はすぐに見つかったようだ。
手にしているのはぼろ布。
それを開くとリンと澄んだ音色を響かせて、鈴がこぼれ落ちた。
その音に幼い日の思い出が呼び起こされ、わずかに胸が締め付けられる。
これは、烈火を助けた人間……
見れば、両親を失った日のこと、人間に助けられたことで村になじめなかったこと、辛い日が思い出され苦しくなると思ったが呼び起こされた記憶は、決して痛みを
思い出の品を烈火は大切そうに拾い上げた。
銀製のその鈴は年数を経て黒く変色していた。
しばらくの布で擦り続けると、輝きがもどり桔梗の花の模様が浮かび上がってきた。
烈火が鈴を磨きあげていると突然、扉を壊さんばかりの勢いで勇太が土間に飛び込んできた。
「おい、烈火!」
「勇太? どうした、一人で来たのか?」
「ひとりじゃ悪いのかよ!」
ひどく怒った様子で息巻く勇太を見て烈火はたしなめる。
「ああ、悪いな。かすみも、子供一人で山へ入ることを許すとは思えん」
「姉ちゃんも、烈火も子供、子供って俺を馬鹿にするな!
かすみ姉ちゃんは、お前になんか渡さないからな!」
顔を真っ赤にする勇太を見て烈火は、勇太の気持ちが分かったような気がした。
かすみは、勇太にとってもまた母とも姉とも思える特別な人なのだ。
幼い勇太の心のよりどころであった、かすみが鬼の元へ通い会話する時間が減れば確かに嫉妬も芽生えるかも知れない。烈火は、遅ればせながら合点がいく。
烈火は、勇太の言葉に苦笑した。
かすみは、人間で烈火は鬼だ。気持ちは通じあったかもしれないが、二人の関係がこれ以上どうなるものではないと烈火は思っていた。
「渡すもなにも、かすみは、誰のものでもないだろう」
それはどこか烈火自身に言い聞かせるような言葉でもあった。
「かすみはかすみ自身のものだ。ちがうか?」
「そんな、大人のごまかしは通じないからな! お前と姉ちゃんが昨日、一緒に歩いているのを見たぞ」
烈火の顔がわずかに曇った。
「かすみを心配して探しに来たのか? すまなかったな」
「べつに、姉ちゃんの心配をしただけだ。お前に謝られるすじあいはない」
「なら、分かると思うが、お前が心配したように、勇太が一人で来れば、かすみが心配するぞ」
「姉ちゃんは来てもいいのかよ!」
「……よくはないな」
「だったら! かすみ姉ちゃんにもそう言えよ」
「それでも、かすみは来てくれる不思議なものだ」
いつもは、岩か大木のように微動だにしない烈火の表情が確かに緩み、優しい目をしたのを勇太は見逃さなかった。
勇太の胸に、水面に墨が広がるように冷たく暗いものが広がった。
優しい鬼なんか認めない。
かすみの恋人など許さない。
「鬼なんか、鬼なんか乱暴で
勇太が、叫ぶように言い放つ。
かすみを烈火に渡したくない。
奪われてたまるものか!
しかし、言ってしまってから自分が言いすぎだと我に返ったが、もう後戻りできなかった。
烈火は悪い鬼なのだから、かすみを渡してはいけないのだ。そう思い込もうとした。
一方、烈火は勇太の『化け物』と言う言葉に一瞬動きを止めたが、ゆっくりと返事をする。
「力はあるが、決して人間に危害を加えはしない」
穏やかな烈火の態度に、勇太はいらだった。
自分より、強くてたくましく、大人で、かすみに愛されている。
適わない!
そんなこと認めたくない。
「そんなの、わかんないじゃないか!
姉ちゃんは俺が守るんだ」
顔を真っ赤にし言い放つ勇太を、烈火は否定しなかった。
「なら、強くならなければな」
「そんなこと、お前に言われたくない!!」
「勇太。かすみは、お前のことを頼りにしている」
「あ、あったりまえだ!!」
勇太にとってかすみが家族のように、かすみにとっても勇太は大切な弟で家族なのだと、烈火は感じ、かすみが村で明るくいられるのは勇太のおかげだと悟る。
「守ってやってくれ。俺は、人ではないから里へはいけない」
烈火の悲しそうな顔を見て、勇太の心が針で刺されたように痛んだ。
好きな人と一緒にいられないのは、辛いだろう。
分かっている、分かっているがそんなこと認めたくない。
かすみ姉ちゃんを渡すわけにはいかない。絶対いやだ!
「俺は、鬼なんて、烈火なんて大嫌いだ!」
抜き放つ言葉の刃。
烈火が、ひどく傷ついた顔をした。
そう、烈火は優しい鬼だ。
分かっているそんなこと。
だって、かすみが好きになった男だ。
だから、認めたくない。
かすみをとられたくない。
勇太はふりかざした刃をしまう場所も思い浮かばず、
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