鬼と薬師8
「やっぱり熱が出てきたんじゃない? 大丈夫?」
じっと考え込んでいる様子の烈火の
より詳しく熱をみるために、かすみは
「やっぱり、熱があるわ」
烈火は、かすみに触れられた手から逃れるかのように後ずさる。
かすみは、女で、人間で、『鬼』ではないのだ。
「やめろ、熱なんてない。
俺は鬼だ。人間ではない。
人とはことなるこの身体、この瞳、この角。
そして力……お前とは違う。こんなのは怪我のうちにも入らない」
こんなこと今までになかった。
ひとりで生きてきて、心動くことなどさしてなかった。
だのに、かすみに出会ってから烈火は自分が変わっていくことを感じていた。
出会ったときから鬼と人間という
分かっていたことなのに、
同じ人間であったらと、どうしてこうも強く思うのだろう。
それをかすみに言ってもどうなることでもないのに……。
「ならばわたしとて同じこと、鬼とは違うわ。
角もないし、目は光らないし、小柄だし。
その上、女だてらに職を持ち、村長からは
まったく、
かすみは、烈火の悩みを
かすみ自身、女だてらに薬師という仕事を持つことで
鬼であることを
女であるだけで
けれど、その事実を受け入れ進むしかかすみには道がなかった。
『鬼』であること、『人間』であることは変えられない。
それでも、自分の行きたい道を進んでいくことはできるはずだとかすみは思っていた。
「……お前は人間だ。そして、俺は鬼だ。
見ただろう? 熊とさえ
人間には恐ろしく感じるだろう」
「力が強いだけで、恐ろしいことはないわ。
その力の使い道を間違えなければ、怯える必要はないでしょ。
さっきだって、わたしを守ってくれた。
熊も殺さなかった。
どこが恐ろしいの?」
本当にそうなのだろうか?
烈火は悩む。
鬼が、長らく人間に
「あの時、お前は震えていた。俺を恐れていたからではないのか?」
「それは……。あなたが鬼でなかったらあの時、どうなっていたかと思ったら怖かったから。
あなたを恐れたからではないわ」
彼女が言った言葉の意味を計りかね、烈火は困惑する。
かすみは、一呼吸すると頬を染めながらまっすぐに烈火を見つめた。
「烈火。わたしを信じて。
辛い時には名を呼んで。
なにも出来ないけれど、そばにいることは出来るわ」
その瞳は、自分を信じて欲しいという
烈火はたまらず、本心を絞り出す。
「かすみ……どうして俺はお前と同じ人間ではないのだろう?」
いっそ、本当にかすみが桜の精であったなら、これほど迷わなかった。
人間であり、人間の生活を持つかすみを鬼の世界へ引き込むことはどうしてもできなかった。
そばにいて欲しいと願うのに……。
烈火は、かすみに縋るように手を伸ばしたが、すぐにこのまま触れれば自分の力でかすみが傷付くと思いとどまった。
熊と戦ったことで気持ちも高ぶっている。
歯止めが効かないかもしれない。
熊をも素手で絞め殺せる手だ。
かすみと結ばれたいなどと言うのは夢物語。
――― これでいいんだ。
思いを伝えられただけでも満足しなければいけないというものだ。
驚いて目を見開く烈火。
かすみは構わず、目を細め愛しげに微笑む。
「あなたは暖かい心を持っている。
世界で人間が一番偉いわけではないわ。
そう動物も植物も鬼も人間もみんな同じ、必要なのよ」
「鬼も人間も同じ………」
「あなたは鬼だと言うことをもっと自信を持って。
鬼と人間は確かに、姿や持てる力は違うかもしれない。
けれど、心はどれほど違いがあるというの?
あなたが鬼で、わたしが人間でも一緒にいられるわよ」
「けれど、この
烈火は、かすみに手を振りほどくと自分の拳を床板に叩きつける。
床板にひびが入り家がびりりと揺れた。
しかし、烈火の心の内を聞いたかすみは、揺らがなかった。
いや、今にも泣き出しそうな烈火の叫びに胸が締めつけられたのは事実だ。
だからこそ、自分が強くあろうと思えたのかもしれない。
かすみは、床に打ちつけられた烈火の手を再び取った。
そして、大きな怪我がないことに
「あなたがわたしを傷つけるなんてことはありやしないわ。さっきも、手を繋いだじゃない?」
そう言い、烈火のヤツデの葉のように大きな手を自分の柔らかな
「ほら、大丈夫」
かすみは、烈火の手に顔を預け目を細めにっこりと笑った。
「かすみ……」
烈火は夢でも見ているかのように
かすみは、烈火の手に
「あなたが
かすみは自信を持って言った。
「わたしも、あなたとともに生きたいの」
「俺は、このままでいいのか?」
かすみは烈火の
烈火は恐る恐るかすみに顔を寄せ、唇を合わせた。
星が流れる間ほどのことだったが、微かに触れたかすみの唇は、柔らかく暖かで烈火の迷いをぬぐい安らぎを与えてくれた。
烈火の目から涙がこぼれた。
それは、長い孤独から救われた喜びの涙であった。
今宵は、二人を見つめる月はないが流れる雲の隙間から、二つの星が揺らぐことなく寄り添い輝いていた。
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