鬼と薬師7

 烈火の腕の治療が終わる頃には日が暮れ辺りは真っ暗になっていた。


 新月の暗闇の中では、いくら灯火があってもかすみでは村に帰ることは難しい。


「俺は夜目よめく。その……おぶっていくか?」


 おずおずと申し出た烈火を、かすみがぴしゃりと叱る。


怪我人けがにんは安静にしてなさい!」


 照れ隠しもあったのだろうかすみの剣幕けんまくに、烈火はたじたじとなる。


 薬師とは、患者に対してこういう態度をとるものなのだろうか??

 烈火の知る薬師は、幼い頃に朝霞の元で会った白衣を着たおびえた人間であり、ほかは知らないため、的外まとはずれにも薬師とは本来かすみのように患者に指示を出すものなのだろうとひとり納得なっとくした。


 かすみは、厳しく言いすぎたと我に返り恥ずかしそうに口を開く。


「あなたは、怪我をしているんだから無理してはいけないわ。

 傷のせいで熱が出るかもしれないし。

 だから……今晩はここにとどまります」


 その言葉に烈火は、身を固くした。

 かすみの言葉に他意たいはないと分かっていても、彼女のことを人間である前に一人の女性として意識してしまった烈火にとって、心揺れるものがあった。


「…………」

「心配しないで、日が昇ったら一番で村へ戻るわ」


 何を心配するというのだ。心配しなければいけないのは、かすみ自身であろうと思わずにはいられなかった。

 人間というのは、あれこれ起こりもしないことを心配しおびえるものだと烈火は思っていた。

 かすみは違うのだろうか?


「その……こんな鬼と二人っきりで、恐ろしいだろう?」

「今更どうしたの? 初めて出会った日だって二人だけだったわ」


 かすみはその時のことを思い出したのかくすりと笑う。

 烈火は黙ってうつむいた。


 あの時は、鬼がどういうものか知らなかっただろうが、今は知ったはず。

 暴れる獣とも戦える力は、人間が怯えるのに十分だ。


 今までは、なんの疑いもなくかすみを信じていた。

 それは、初めてできた同じ年頃の友だったからだ。


 しかし、烈火はそれ以上のことを望もうとしている自分に気づき気持ちを止めようとしていた。

 かすみを好ましく思うほど、彼は『鬼』であり、かすみが『人間』であることを強く意識するのだった。


 突然失うことが怖いから、遠ざける理由を探しているのだろうか。


 烈火は、自分でもよくわからなかった。

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