鬼と薬師6
二人が手を繋ぎ、温もりを確かめ合ったのはほんの一時のことだった。
林の奥から突然、熊が現れた。
普段なら近づく熊の気配に気づけたはずの烈火だったが、かすみに意識が向いていて気づけなかった。
熊は立ち上がるとかすみよりも大きく、彼女ははっと息を飲む。
烈火はすぐさまかすみの手を強く引き背にかばう。
雌熊であろう。激しく気が立っている様子からさっするに、近くに子熊がいるようだ。
「グァァァ!」
熊も不意に出くわした者に対し驚き、興奮し反射的に襲い掛かってくる。
「……うっ!」
烈火は、鋭い爪で腕を掻かれた。
背後にいるかすみを守るため、腕を盾にしあえて除けなかったのだ。
「烈火ッ!」
烈火の腕を伝う血を見て、かすみは思わず声を上げた。
その声に答える暇はない。一瞬の油断で命を奪われる危険があるからだ。
烈火は、足で熊の腹を蹴り上げ間合いを取るとあたりに
が、それを攻撃と思った熊は、首の白い輪を見せ立ち上がり両腕を天に
烈火は、熊の手を受け
―――
烈火の腕は、
「かすみ。俺が引きつけておくから、背を向けずゆっくり離れろ」
烈火は、熊から金色に光る目を離すことなくかすみに言う。
「でも!」
かすみは、いくら鬼でも熊に勝てるなどと思っていない。
だから、烈火の身を案じ離れることができないでいた。
「……俺は大丈夫だ」
かすみに声をかけながらも、烈火は熊をにらみ返す。
今、負けを認めれば熊に
烈火自身だけでなく、それにはかすみの命も含まれる。
烈火は、ぎりと奥歯を
かすみは、烈火のただならぬ
烈火は『鬼』であり、熊が相手でも負けが決まっているわけではない。
自分が足手まといになってはいけないと気づき、唇をかみしめると言われたとおりに静かに後ずさり木の陰で身を隠しながらことの成り行きを見守る。
鬼には、どれだけの力があるというのだろう。
じりじりと熊の方が押されていく光景を、祈るような気持ちでかすみは見つめていた。
「熊。お前も分かるな? 俺とお前とどちらが上か」
烈火が言い聞かせるように、低く静かに熊に話しかける。
熊に、言葉が分かるとは思わない。
しかし、どちらが上位であるかは勝負がついていた。
烈火の方が、完全に熊を押し切っていた。
熊は、烈火から目をそらすと背を丸め林の中へ去って行った。
「行ったな………。殺さずに済んでよかった」
烈火は、決着がついたことに
――― 熊と
かすみは、鬼の怪力を見て恐ろしいと思ったかも知れない。
今までのように接してくれなかったらと考え、冷や水を浴びせられたかのように烈火の体は氷ついた。
かすみは、俺をどう思っただろうか?
烈火の胸は、熊に傷つけられた腕よりも強く痛んだ。
熊が戻ってこないことを確かめたかすみは、血の気の引いた顔で烈火の元へ駆け寄る。
「烈火、腕の傷を
そういわれたが、烈火はかすみが微かに震えているのを見逃さなかった。
かすみは、俺に触れるのが怖いのだろか。
「これくらいかすり傷だ」
烈火は、かすみに背を向け傷ついた腕を隠そうとした。
かすみのおびえた顔は見たくない。これでいい。どんな傷もこうしてただひたすら痛みに耐え治してきたではないか。
「烈火!」
かすみが少し怒りがまざったような鋭い声で名前を呼ぶ。
そして、強引に烈火の太い腕にしがみついた。
「いいから、傷を、見せなさいッ!」
烈火があっけにとられている間に、かすみは素早く傷の確認し息を飲む。
3本の爪痕が深く刻まれ、血が
かすり傷というには大きな傷に、かすみの顔が
「すぐに止血をしないと。それに、獣の傷は目に見えない良くないものが入るから、高熱を出したりするのよ。そのままにしておいてはいけないわ」
持っていた水筒の水で傷をよく洗い、止血のために清潔な布切れを巻く。
「これでは十分ではないから、早く烈火の家へ行きましょう。ちゃんと治療をしないと」
「いや、それでは日暮れまでに村に帰れないだろう。俺のことは大丈夫だから……」
「私の事より、怪我の治療が先よ!
熊より怖いかすみに引きずられ、烈火は
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