鬼と薬師3


 烈火に、鬼の集落を案内してもらう約束の日。


 かすみは、祖父のはかに参ってから村を出た。

 薬師として自分がやろうとしていることを、祖父にも見守って欲しかったからだ。


「おじい様、行ってまいります」


 暖かな日の光が背に当たり、かすみは祖父が背を押してくれたような気がし心強く思った、


 烈火に連れられ半刻ほど登ったところに鬼の集落はあった。

 村の家とは違い、漆喰しっくいでも土壁つちでもない板とかやでできただけの簡素な家が二十軒ほど見てとれる。

 今の季節はよいが、冬は厳しいものだろうとかすみは思った。


 その一つの家の前で、つばめが助けた雛とたわれているのが目に入った。

 つばめは、二人の姿を見つけると勢いよく駆けて来る。


 烈火は静かにするように合図した。

 族長が出かけているところを見計らって来たのに、他の者に見つかったのでは困るからだ。

 烈火は、つばめに断ると家へ上った。

 部屋の奥で、女性が横たわっていた。


「ひたき、具合はどうだ?」 


 烈火が声をかけ、道すがら採ってきた山菜を渡すとひたきと呼ばれた女は、体を起こし烈火の姿を見て頬を緩ます。


「いつもすまないわね」


 ひたきは、鬼ではあったがあまり鬼らしい特徴はなかった。

 角は髪から僅かに見える程度であり、あまり目立たない。

 目も金色ではなく、薄い茶褐色の人間に近い容姿である。


 たしかに、つばめの瞳の色も金ではない。母親ゆずりなのだろう。

 はじけるように元気なつばめに対し、ひたきはつばめとよく似た色味を持っているものの、ひどく疲れて見えた。


 いや、強く対照的だと感じたのは母親を元気づけようとし、つばめが明るくふるまっているためかも知れないとかすみは思いめぐらした。


「烈火、そちらの方は?」


 ひたきは、烈火が女性連れであることを驚きつつ尋ねる。


薬師くすしを連れて来た」


 ひたきは、かすみの姿を見てその頭上に角がないことに気づきびくりと身を固くした。


 鬼ではなく、人間だと気付いたからだ。


 人間が鬼を恐れるように、鬼もまた人間を恐れるのだ。

 ひたきの恐怖と不安が少しでも和らぐように、かすみはひたきがおびえたことに気付かないふりをし笑顔で話しかける。


「わたしは、薬師のかすみと言います。お加減はいかがですか?」


 かすみの笑顔の意味を量りかね、ひたきは烈火を仰ぎ見る。


「大丈夫だ。かすみは人間だが信用していい」

「ひたきさん、お加減を見るために手を取りますね」


 ひたきは、なされるまま抵抗はしなかったが、脈を取るために手に触れると強い筋肉の緊張が伝わってきた。

 これでは、平素へいその脈がとれない。


「わたしは、つばめちゃんの友達です」


 気持ちを落ち着かせてもらうため、かすみは再び微笑んだがひたきは顔をこわばらせた。

 かすみは、診断をする前にやることがあると気がついた。

 不信感を取り除ぞかなければいけない。


 ひたきは、人間が怖いのだ。


 どうすれば恐ろしい人間ばかりではないと知ってもらえるだろう?

 かすみは、しばし思案し口を開いた。


「つばめちゃんが助けた鳥は見ました? まだ、山に放せるほど成長はしていないようですが肩に乗ったり頭に乗ったり、かわいいですよね」


 たわいもない世間話だが、ひたきは釣られて口元を緩めた。


「ええ、つばめがとてもかわいがっていて、わたしもあんなに人に馴れるなんて驚いているんです。あの鳥は、烈火が助けてくれたものだとばかり思っていたけれど、あなたが?」


 かすみは、こくりと頷いた。


「そうだったんですか。ありがとうございます」


 ひたきの顔が明るくなる。


「あの鳥、最近では族長の頭にも乗るらしいぞ」


 鬼の族長 剛はひたきの夫だ。


「まあ!」


 かすみが驚くと、ひたきは思い出してくすりと笑った。

 ひたきの緊張がほぐれ、部屋の穏やかな空気が流れる。

 そこで、かすみは彼女の手を再び取り脈を診る。


(ひたきさんの手、とても冷たい。顔色も青白くて体力もない。脈は、乱れてはいないけれど弱くて少ない……)


「症状はいつ頃からでしょうか?」

「もともと体はあまり丈夫な方ではなかったのですが、寝込みがちになったのはつばめを産んでからでしょうか……」

「お体で痛いところなどありますか?」

「時々、鳩尾みぞおちが苦しくなることがあります」

「ここ数年で急激に痩せたということはないですか?」

「それはないです」


 かすみは、ひたきとの会話から病状を考える。

 自分の考えと、祖父だったらどう診断するか考えそこに相違がないか、しばし思案する。

 烈火は、かすみが見せた薬師の顔に驚きながら問う。


「ひたきの具合はどうだろうか?」


「長い時間をかけて経過を見ないことにははっきりとしたことは言えませんが、ひたきさんのご病気は滋養のあるものを食べお薬を飲んでいただければだいぶ楽になるかと思います。初見としては、体の血が足りず巡りが悪いため疲れやすいことが原因かと。これは心労を取り除き適度に体を動かすことでよくなることがあるので、無理をしない程度に散歩してみてください。まずは、日光浴をしてください。暑くなく寒くない時間帯に、太陽の光を浴びて体を温めてください。あとは、明日にも煎じ薬をお持ちいたしますね」


「わたしは、大丈夫なのでしょうか?」


「病というのは、怪我と違い一度見て判断できないことが多いんです。しばらく、様子を見せていただかないとはっきりとは言えません。れけど、しっかり養生すれば良くなる病とお見受けしましたので心配いらないでしょう」


 かすみは、ゆっくりと説明するとひたきも分かり安堵した表情を浮かべた。

 烈火も胸を撫で下ろす。


「うちの集落には、薬師はいなくこういうことはなかなか分からないんだ。助かる」


 かすみは、薬師としてできる限りのことをしようと誓いを新たにした。

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