鬼と族長3
かすみが山へ出入りしていることを察していたのは、鬼の族長だけではなかった。
かすみのもっとも身近な者がいつもとは異なる動向を不審に思っていた。
彼女を慕っている村の子供、勇太だ。
勇太は、毎日といってよいほどかすみのもとへやって来る。
そのため、早朝や
しかし、まだ誰にも話してはいなかった。
かすみが村で尊敬されつつも、女だてらに仕事を持つことで
特に勇太の父親はかすみだけでなく亡くなった祖父
それは、勇太の双子の弟妹の出産時に母親が亡くなったことに端を発している。
誰が悪いというわけではなく、どんな薬師であれ救うことはできなかったと思われる難産であった。
新たな命と引き換えに奪われた命。勇太の父はその事実を受け入れることができず、誰かを恨まずにはいられなかった。
何をするわけではないが、かすみとは一切口を利かず、勇太がかすみの元を訪れることを嫌い、口にするとひどく叱られるため勇太は家ではかすみのことは話さないようにしていた。
他にも、人が亡くなれば薬師のせいと罵る者は多くいた。しかし、悲しみが過ぎればそれは自然の摂理でありかすみたちのせいではないと納得するのであった。
勇太の父ほど長くそのわだかまりを持ち続ける者は他にいなかった。
勇太は、母が亡くなり途方に暮れていたときにかすみが母のように姉のように接してくれたことが救いとなり、今に至っていた。
だから、源斎が亡くなりたった一人残されたかすみを支えてやれるのは、自分だけだと勇太は思っていた。
*
源斎が亡くなったのは、まだ冬の雪深い時期だった。
源斎自身の見立てでも、かすみの薬師としての目からも春まではもたないと思っていたが、その見立てが間違いであってほしいとかすみは祈っていた。
「かすみ……もう、わしは駄目だ」
「そんな……そんなこと、ありません!! 気をしっかりもってください」
「さ、この薬をのんでください。痛みが和らぐはずです」
薬箱にある、痛み止めの包みに手を伸ばすかすみ。
その手を、源斎のやせた手が止めた。
「もう、いいのだ。自分の体のことは、自分がよくわかる。これでも薬師だ」
「その薬は、最後の痛み止めだ。これから春まで、その薬の草は取れない。万が一のけが人のためにとっておきなさい」
「そんな……」
「かすみ、それが薬師としての最後の私の努めだ」
それを聞いて、かすみは祖父の決心が固いことを知った。
彼女は懸命に涙をこらえながら、強くうなずいた。
願いは届かず源斎は桜の咲くのを待たずして生涯を閉じたのであった。
祖父の埋葬が終わった後、家にかすみの姿がないことを心配し勇太が探して歩くと、かすみは村はずれの龍神池のほとりで月を見上げたたずんでいた。
「かすみ姉ちゃん……」
寂しげなかすみの背に、勇太が声をかける。
勇太は彼女が泣いていると思ったのだ。
自分が母を亡くしたときのように、かすみも泣いているのだと。
しかし、振り返ったかすみは泣いてはいなかった。
「勇太……?」
「泣いてるかと思った」
「心配して来てくれたのね」
かすみが心遣いに感謝してかすかに笑う。
悲しみでいっぱいのはずなのに、かすみが自分のために笑ってくれたことに勇太の心は締め付けられた。
勇太の母が亡くなったときは、彼が六歳のとき。
わけもわからず、ただ母親を探し泣き続ける勇太を抱きしめてくれたのはかすみだった。
つらい時にそばにいて、母のように姉のように慰そばにいてくれたかすみに抱くもどかしい気持ちが、初恋であるとは勇太はまだ気づいていない。
「あのさ……俺の前じゃ泣いてもいいんだぜ」
真剣な面持ちで言う勇太に、かすみは勇気づけられた。
「ありがとう」
「本当に泣いていいんだぞ!」
微笑むかすみのその笑みは吹けば飛んでしまうようなもろいものだと分かったが、勇太はそう指摘することはできなかった。
勇太は、まだ自分は子供でかすみの力になれないことを思い知った。
祖父を見殺しにしたと、未だに村人にあらぬうわさを立てられることもあったが、かすみはなにも語らず耐えていた。
勇太かすみのこと信じていたが、どうして大人はかすみを信じてやらないんだろう。
かすみは決して泣かないからか?
悲しいに決まっているのに、どうしてわかってあげられないのだろう。
かすみにとって薬師として尊敬していた祖父への誓いであり、薬師としての彼女の誇りでもるから、我慢していただけだ。
「帰ろう、勇太」
かすみにそう
それは、かすみの悲しみを思ってと何の力にもなれなかった虚しさからだった。
この日、少年は心に誓う。
早くかすみが安心して泣けるように、
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