鬼と領主6
その後、二ヶ月ほど烈火は足が完全に治るまでといわれ朝霞の館での生活が続いた。
もっとも、厠へ行く以外は部屋から出ることは許されなかったが、朝霞は暇を持て余している烈火に読み書きや算術を教えだした。
そんなことは鬼には必要ないと烈火が言っても毎日様子を見に来ては、少しずつ教えていくのだった。
確かに、いくら足が痛むといっても一日中部屋にこもって大人しくしているということは、野山を駆け回っていた烈火にとってひどく窮屈なことだった。
ひとりで何もしない時間があればあるだけ、焼かれた村のことや両親のことを思い出し、怒りだか悲しみだか分からない黒い熱い炎に焼かれるような気がしていた。
朝霞が烈火に勉強を進めたのは、そんな彼の気持ちを察していたことと、烈火の将来のことを考えたからだった。
なにか夢中になれることを見つければ、これから生きていく力になる。
その考えは正しかった。
嫌々はじめた勉強も、数日で烈火は夢中になった。
乾いた大地に雨が染みるように、文字や算術を学ぶことは烈火の傷つき荒れ果てた心を癒していった。
そのことは、幼い彼のこころの慰めになった。
烈火が館を去る時も、朝霞は筆や紙、書物などを持たせた。
だから、烈火は他の鬼と違い多少の読み書き、算術ができた。
そのことが、鬼の集落から浮いた存在であることの原因であっても烈火は知識を手放したり、忘れたりすることはできなかった。
◇◇◇
ピーッ!
トビの雛が、烈火の手の内で餌を求めて元気よく鳴く声で我に返った。
ずいぶん長い間、昔のことを思い出し感慨に耽っていたことに驚く。
目の前ではつばめが『村に帰れないのは、人間に肩入れしているせいだ』と言ってしまったことを後悔し、涙ぐんでいる。
烈火が黙り込んでいるのを怒ったからだと勘違いしているようだ。
人間に助けられたということは集落で禁句とされ、そのせいもあり、仲間と離れ山守りをしていることはつばめですら知っている事実だった。
今さら指摘されたところで傷つくことはない。
自分はもう親を求めて鳴く雛ではない。一人前の鬼ではないか。
烈火は、つばめの頭を大きな手でぽんぽんと撫でると、餌を求めてくちばしを大きく開く元気なトビをそっと手渡した。
つばめが潤んだ大きな瞳で烈火を見上げると、彼は何もなかったかのように穏やかな目で微笑した。
「これからは、かすみが言ったようにつばめがこの雛の親だ」
「うん。烈火ごめんね……」
「何も気にすることはない。その鳶が空を飛ぶ姿を見せてくれればそれでいい」
「わかったわ!」
そう言うと、つばめは大切に雛を抱きながら戸口まで出た。
そして、去り際に照れくさそうに頬を染めながらかすみをちらりと振り返る。
「……あり…がとう……」
小声でそれだけ言うと、つばめは走り去った。
残された烈火とかすみは顔を見合わせた。
「聞こえたか?」
「ええ、なんだかつばめちゃんと仲良くなれそうな気がする」
くすりと笑うかすみを見て、烈火も頬を緩ませた。
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