鬼と領主3
烈火は、目を覚ますとやわらかな
体の泥も
寝巻も自分が着ていた衣より清潔で上等なものに代えられていた。
訳が分からない烈火は、とにかく何があったのか思い出そうと身を起こした。
あちらこちら痛んだが、とりわけ左足に激痛が走り体をくの字にして歯を食いしばる。
痛みと同時に、まざまざと思い出したくない記憶が呼び起こされた。
村が焼かれ父と母が殺され、自分も死んだはずだった……。
温かな
「気がついたか?」
水の張った
かける声は烈火を気遣い静かで小さなものだったが、烈火は男の声に弾かれたように身をすくめ、布団で身を隠した。
人間を見て
むしろ、傷ついた足で逃げ出そうとしなかったことに安堵した様子だ。
「熱はだいぶ下がったが足が痛むだろう?
足に
烈火は、困惑しながら朝霞を
おぼろげだが顔を見た記憶がある。自分に手を差し伸べた初めての人間。
あれから何日たっているのだろう。なぜ、人間が鬼の自分を助けたのか?
聞きたかったが、人間と口などききたくなかった。
それに、聞いたところでどうなるものでもない。
何日たっていようと誰も迎えには来ない。
死んだ者は帰ってはこない。もう会えないのだ……。
烈火はそう思うと、急に胸に苦いものが込み上げて来て
涙が
足の痛みで泣くことができなかったのに、どうして心の痛みは我慢できないのか腹立たしい気持ちで涙をぬぐったが、後から後から涙は
自分は、人間に
烈火は、そっぽを向き布団をかぶり泣き声を押し殺した。
人間には、この男には弱った姿を見られたくなかったからだ。
「鬼よ。お前の名はなんと言う?」
朝霞の問いを、烈火は無視した。
だまされるものか、誰が人間などと口を聞くものか!
そう思ったとき、急に四方から闇が迫ってくるような気がし息が苦しくなった。
目の前がちかちかと瞬き強いめまいを感じ、烈火はもがく。そして、どうしてよいか分からずに思わず空をつかもうと手を伸ばした。
誰もその手を取り、助けてくれる者がいないと知りながら……。
けれども、朝霞の大きな手が受け止めた。
「大丈夫か? まだ無理をするな」
泣きながら苦しそうに息を継ぐ烈火の小さな背を、朝霞はわが子をあやす様にさすった。
烈火は手を振り払おうとしたが、体は言うことを聞かず
「私は領主の
鬼を追って殺すような『人間』にそんな感情などありやしないのだから。
*
烈火は、朝霞の言葉を信じることはできなかった。
気まぐれに助けられたのだから気まぐれに殺されるだろう。早く逃げ出さなくてはと頭では分かっていながらも心の傷は深く何もする気力がわかなかった。
足の怪我も両親のことも、目の前に
飯と薬が日に三度も運ばれて来ても、手つかずのままが続き、体は日に日に弱っていく。
何も食べずに
何もできない自分に、そして、ただ死を待とうとする烈火に。
朝霞は、顔色が悪く目元に影を落とす烈火の枕元で訴える。
「こんな風に死なすために連れて帰ったのではないぞ! 少しでもいいから食え」
温かな
「食わねば死ぬぞ!」
なぜ、人間が鬼の心配などしているのだろう? 烈火は、あり得ないと思いながらもそうであったらいいのにとも思った。
朝霞は、烈火を呼び戻そうと身を乗り出し枕元で呼ぶと、
「生きろ。そして、
鬼だとか人間だとかそんなことは関係ない。
子供は成長し生きねばならぬ」
それは彼の願いなのだろうか、
うっすらと目を開け朝霞の顔を見れば、親と同じようにただ無心に子供を心配する大人の顔がそこにあった。
「食え! 人間が憎いなら、まずは飯を食ってその足を治せ。治った足で気が済むまで私を
朝霞はそう言うと、烈火の体を抱え起こし、
数日ぶりの飯に体がうまくついていかず、烈火は激しくむせたがわずかながら粥を飲み下すことができた。
口の中にとろみのある
うまかった。粥で腹が満たされると体の隅々まで温かくなる。
烈火は、親にも食べさせたかったと思うと、次々に両親のことや村のことが思い出された。
「とうさん……。かあさん…っ…!」
烈火は、朝霞にすがり大声で泣いた。
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