鬼と領主2 ※残酷描写あり


 烈火と母アキは山を下り辛うじて逃げ延びた。他の者たちがどうなったかはわからないが自分たちが生き延びたということは、他にも助かったものはいるだろうと思いたかった。


 目指す場所は、別の鬼の集落があると聞く忍ぶ山。たどり着くためには大きな街を通らなければならない。

 いつもならば、人混ひとごみにまぎれることは容易よういなことであったが、鬼狩おにがりの後ではそうはいかない。


 かさと手ぬぐいで角を隠し二人は慎重に街へ入った。

 空腹で腹が鳴るが、構ってはいられない。

 よろけるような心もとない歩みでも、進むしか他に道はなかった。


「烈火、向こうに見える山が仲間の鬼が住む忍ぶ山よ。母さんに何かあっても、あなたはあの山を目指しなさい」


 指さす方を見ると、青々あおあおとした山が見えた。

 それだけが希望に思え、引かれるようにただ無心で足を出し続けた。

 人が行き交う通りで、不意に前から来た男とぶつかり烈火は弾き飛ばされた。

 ほおかむりが、はらりとほどけ角があらわになる。


「鬼!? 鬼が現れたぞ!」

「鬼狩りの生き残りだ! 役人を呼べ!」

「鬼を殺せ! 根絶やしにしろ!」


 あわてて手で角を隠すが時すでに遅し。刀を持った衛士えいじが集まり、倒れる烈火の背に白刃はくじんが振り下ろされる。


「烈火!!」


 一瞬、母が割って入りその身で烈火をおおいかばう。


「かあさん! かあさん!!」


 血で染まる母の手を見ながら、これは夢だ、夢なのだと思おうとしたがとどめを刺す刃でそのわずかな望みも断ち切られた。

 母が血を吐きながら最後に言ったのは、烈火を心配する言葉。


「烈……生きて」


 烈火は言葉にならない叫びを上げながら、がむしゃらに逃げ出した。


 父の死から、母の死から、何もできない現実から、ただ逃れたい一心で。

 けれど、大人の足には適わずすぐにとり囲まれてしまった。


 血塗ちぬられた刀が眼前で死を告げるためにぶく光る。


「やめろ、やめてくれ、殺さないで!!」


 恐怖で立ち上がることもできずに後退あとずさる烈火。

 今度は、刃はすぐに振り下ろされなかった。代わりにあらがう烈火の姿を楽しむかのように、人間たちはりあげる。

 肩に、腹に胸を執拗しつように踏みつけられるたびうめいたが、足の骨が折れあらぬ方向にまがると烈火は絶叫した。


「があああああああっ!」


 悲鳴がのどを炎のように駆けあがり、声が枯れてもなお喉を焼き続ける。

 何が面白いのか、赤黒くれあがった箇所かしょを人間たちはさらに踏みつけるのだ。


 なんの騒ぎかと見物していた街の者もにやにやといやらしい目でその光景を眺めた。

 自分より弱者がいることに優越感を持ち、異形いぎょうの者へ好奇こうきの眼差しを送る。


 烈火は浅く息を吸うだけでもう声も出すことも身をよじることもできなかった。

 何の反応もできなくなってもなお、麻袋あさぶくろのように投げられ蹴りつけられる彼をその場にいた誰もが止めようとはしなかった。


 烈火は、自分に向けられる人間らのゆがんだ顔を見ながら細い思考で思った。


 ――― 人間がいう『鬼』とは、人間のことではないのだろうか?


 烈火は薄れゆく意識の中、自分は父と母と同じ場所にくのだとそう思った。


  *


 烈火の意識を引き戻したのは、リンと空気を澄ませるような鈴の音と良く通る男の声だった。


退しりぞけ! 子供相手に何をしておる」


 黒毛の立派な馬から飛び降り、烈火の元へ駆けて来たのは歳の頃が三十がらみのすらりとした立ち姿の男だ。後頭うしろあたまで髪を一つに束ねまげのようにしている。

 絹に瀟洒しょうしゃな金糸の飾りの着物を身に着けていたが、真新しいものではなくしっくりとなじんで見えた。

 鼻筋の通る整った顔を苦痛でも受けたようにけわしくしているのは、深く傷ついた烈火の姿を見たからに他ならなかった。


「おやかたさま、近寄ってはなりません。子供ではございません。鬼でございます!」


 従者が、けがらわしい物を見るように烈火を見下ろす。


 お館さまと呼ばれたのは、この土地の領主朝霞守信あさかもりのぶである。

 朝霞あさかも改めて烈火に目をやる。確かに鬼の証である二本の角が見て取れた。


「それがなんだというのだ? 鬼とて子供ではないか」


 朝霞の目に映るのは、消え入りそうなほど小さく身を縮め震える子供の姿だった。

 彼は、角があるというだけで子供を平気で傷つけられる者たちを一瞥いちべつすると膝を折り、躊躇ためらいなく烈火に手を差し出した。


 その手は、決して傷つけようとして伸ばされたものではなかったが、朦朧もうろうとする烈火には男の大きな手は自分を握りつぶそうとするかのように見えた。


「うぁああ!」

 烈火が闇雲やみくもに払いのけると、朝霞の手に爪が引っかかり薄く血がにじんだ。


「お館さま!?」

「大事無い、心配は無用だ」

 朝霞あさかは驚きも怒りもせず落ち着いて答えたが、それを待たずに従者は馬の尻でもたたくかのように烈火のほほを張り倒した。


「よさぬか!」


 意識を失い砂まみれでぐったりとする烈火を見つめ、朝霞は苦悶くもんの表情を浮かべた。

 力無い者、身分の低い者ばかりが傷つくのはなぜだろうか、かつて守りきれなかった大切な者の姿が重なって見え、朝霞の心はひどくむしられた。


「こんな、幼子に無体なことをするな」


「しかし、鬼です。小さくても鬼でございます!」

 従者は、あるじが鬼を助けようとする態度に困惑しながら主張する。

 鬼とかかわることでどんな災いが訪れるか、おびえているのだ。


「そうか……だがな鬼である前に、私には怪我をしたただの子供にしか見えんのだ」


 朝霞あさかは静かだが決然けつぜんと言うと、他の者たちの制止も気にせず烈火を抱き上げやかたまで連れ帰った。


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