鬼とひな鳥5

 雛の世話を始めて一週間ほどたち、毛も生えそろい命の危険はないだろと思えた頃に子鬼のつばめがやってきた。


 毎日でも来たかったらしいが、父に止められていたと頬をふくらまし土間どまに飛び込んできた。

 族長は、どちらにしてもそのくらいには結果が出ることを分かっていたのだろう。


 娘にはずいぶん甘いと烈火はあきれたが、良く考えればつばめに甘いのは自分も同じだったと反省する。


「わぁ、烈火すごい!! トビが元気になってる」


 つばめは、餌を目の前で振ると自分から食らいついてくるところまで成長した雛を見て喜んで跳ねた。

 ぴょこぴょこと踊るつばめの結わえた髪を見ながら、烈火は正直こんな光景が見られるとは想像していなかった


「かすみのおかげだな……」


「誰のこと?」

「いや、なんでもない。よかったな」


 烈火が、つばめの頭をぽんぽんと軽く撫でると満面の笑みを返した。

 こんな笑顔を見たくて辛い仕事をしているのだろうか? と、烈火は少しだけかすみが頑張る理由がわかったような気がした。


 そんなやりとりをしていると、戸口が重そうにごとごとと音を立てながら開かれた。


「こんにちは」


 よっこいしょと、声をかけながら扉を開け入ってきたのはかすみだった。

 その姿を見たつばめは、見知らぬ顔を興味深そうに眺めたがその頭に角がないことに気づくと震えながら烈火の影に隠れた。


「人間!?」


 かすみは、烈火の言っていた鬼の子が目の前にいるつばめだと見当がついたが、その怯え方に少なからず衝撃を受けた。


 人間は鬼を恐れる。鬼もまた人間を恐れるのだ。


「すまない。この子は人間を見たことがないんだ」


 弱りながら烈火が言うと、つばめは不服そうに大声を出した。


「見たことがなくても分かるわ。角がないもの。そして、いじわるな奴らよ!」


 つばめは、かすみにあからさまな敵意を見せた。

 これが、普通の反応なのだ。


 鬼は人間を憎み、人間は鬼を忌み嫌う。


「つばめ、言いすぎだ。かすみに謝れ」


 烈火は、つばめを叱った。

 年上の者として、そうしなければいけない気がしたのだ。

 少なくとも、かすみは鬼たちが思っているような残忍な人間ではない。

 互いに歩み寄るためには、少しでも誤解を解き理解し合わなければいけないと烈火はかすみに教えられたような気がしていた。


「だって、本当のことでしょ、みんなそういうもん」


 つばめはふてくされ、そっぽを向く。


「お前の鳶を助けてくれたのは、この人だぞ」

「えっ!?」

「人里で薬師をしている薬師さまだ」


 なぜか、烈火は自分のことでもないのにかすみを誇らしく思った。

 雛を救ったことで、かすみの薬師としての力を見たからだろう。


「つばめ、礼を言え」

「…………」

「つばめ!」


 烈火に怒られたことなどないつばめは、なぜ怒られているのか理解できずに口を尖らしうつむいて反抗した。


 その姿を見ていたかすみは、村の子供、勇太のことを思い出した。

 勇太とて、急に鬼は怖くないと言われれば困惑するだろう、すぐには分からない。

 仕方ない反応だと感じた。


「お礼なんていいわよ。それよりつばめちゃん。この鳶が大人になるまではもう少し時間がかかるから、ちゃんと世話をしてあげてね」


 かすみは、つばめの視線まで屈み声をかけたが、子鬼はそっぽを向いたまま言い放つ。


「人間なんて……人間なんて、いじわるで食べる以外にも平気で動物を殺す奴らよ! なんで、烈火はこんな人に手伝ってもらったのよ!!

 烈火の親を殺したのは、こいつら人間じゃないの!」


「ああ、そうだ」

「だったら!」



「だが、殺されそうになった俺を助けたのもまた人間だ」




 それは鬼族なら周知の事実だったが、かすみは静かに烈火が告げたことに息を飲んだ。


 彼が先日、語りたがらなかったことがこの事だと悟ったからだ。


「そんなこと言っているから、村に戻れないのよ!!」


 つばめは、ハッと口をつぐんだ。決して言ってはいけない言葉を言ってしまったからだ。


 しかし、彼は黙ったままじっと手の内にいる鳶の雛を見つめた。


 親を求めて鳴く雛。


 烈火は、そんな雛に幼い日の自分を重ねた。


 なんの力も持たなかった無力な己を……。


 

 

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