鬼とひな鳥4
かすみは鳶の雛が気になり、翌日もそのあくる日も烈火の元へ様子を見に行った。
山に入り鬼と会っていると分かれば、間違いなく罰せられるだろう。
それでも、かすみの力を必要とするものがいるならば、何であろうとできる限りのことをしたかった。
夜、忍んで行くことが出来ればよいのだが、慣れない道であること、明かりがない為難しいことだった。
留守にするときは往診の立て札をだしているが、それがあまり続くのも怪しまれる。
考えた末、かすみは夜が明けるか明けないかのまだ村人が寝静まっている時分から山に登り、皆の農作業が始まる前に急いで家に戻ることにした。
幸い、誰にもばれてはいない。昼間あくびをかみ殺していると勇太に、不審な目で見られはするが……。
*
その日は、雛の世話をはじめて4日目ほどだった。
茶を飲むという習慣がない烈火に、かすみは勝手知ったるとばかりに持参したそば茶を入れた。
香ばしいそば茶の香りが部屋の中に広がる。
蕎麦の実を焙煎したものに、お湯を注ぎお茶がわりに飲むのだ。
今までの烈火の生活にはなかった風景だったが、湯気の向こうにかすみがいるのは当たり前のことのようにしっくりとなじんで見えた。
湯のみからくゆる湯気を見つめながら、しばしその温もりに満たされる。
烈火はなごんでいる場合ではなかったことを思い出し、厳めしい顔をしながら咳払いをひとつし口を開いた。
「雛のことを気にしてくれるのはありがたいが、ここへ来るのは危険だ。この時期は、熊も出る。いや、熊だけでない、俺の家から先は完全に鬼の領域。ほかの鬼に見つかれば、人間のお前は捕えられるだろう。わかっているのか?」
「……実をいうとよく分からないの」
「おい!?」
かすみが冗談をいってからかったのかと思った烈火は困惑するが、彼女をよく見れば伏せた長いまつげが揺れていた。
「烈火は、鬼だけどわたしの聞いていた恐ろしい鬼とは違うわ。あなたは、他の鬼と特別にちがうの? わたしはあなた以外の鬼のことを知らないから」
「俺は、他の鬼と違うといえば違う。だが、何が違うかといえば俺が温厚で他が凶暴だということではない。人間たちのうわさのように俺たちは人を傷つけたり喰ったりはしない」
「なぜ人間は誤解してしまったのかしら……」
かすみが遠くを見た。
その答えを教えてくれる人を探すように。
「昔のことだ、俺にもわからん。ただ、今は人間と鬼はちょうどよい距離を保っている。それを侵してはならない」
「わたしがここへ来るのは迷惑?」
「そういう意味ではないが、ここへ来ていることがばれたならお前も村で罰せられるだろう? 俺は、今となっては雛の世話もしてもらっているし、こうして茶もふるまってもらって迷惑とは思ってないが、お前の立場が悪くなることと、鬼と人間の争いが起きることは心配だ」
どちらにしても、山に入ることはかすみにとって良いことではない。
そう思いながらも、強く拒絶できないのは烈火がかすみの来訪を楽しみにし始めていることに他ならなかった。
「烈火は優しいわね」
「馬鹿なことを言うな。俺は鬼だぞ!」
烈火は険しい顔をした。
かすみは、薬師であるのにどこか甘い。
烈火が、男であり鬼であることを分かっているのかいないのか、警戒心が薄いところがあり心配でならないのだ。
「あなたは優しい鬼よ」
茶の湯気のようにふんわりと暖かな笑みをたたえ、繰り返すかすみの言葉はゆるぎない。
その自信はどこから来るのか、烈火はあきれたようにため息をつく。
「……お前は変わった人間だ」
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