鬼とひな鳥3

「これからでも、俺にできることがあれば教えてくれないか?」


「わたしに何とかしろとは言わないのね」

「それは、この雛の生命力によるといっただろう? お前は神ではない。がんばってもできることとできないことがあるのは当たり前だ」


 いくらかすみが優秀な薬師であろうとも、烈火とて山には詳しい山守りである。

 弱いものは淘汰される。自然の摂理についてはよく心得ている。


 わかっているからこそ過度な期待をしてはいけないという戒めの言葉だったが、かすみが涙を隠すようにうつむいたため彼女を傷つけるようなことを言ったのか不安になった。


「すまない。気に障ることを言ったか?」

「ううん、なんでもないの。ただ、みんなが烈火みたいに言ってくれればいいのにと思っただけ」


 薬師は万能ではない。全力を尽くしても救えない命もある。村人は薬師に期待し、その期待の分だけ失望しかすみを責め立てることもあった。

 かすみは烈火の言葉に救われた気がし、努めて明るく振る舞う。


「それより、さっきのミミズすりつぶして雛に無理にでも餌をあげて」

「すり潰す??」


 想像するだけでも、気持ちいいとは到底思えない行動に烈火は頭を悩ませる。


「わたしがやる? すり鉢はないみたいだから……平らな石があれば代用できるわ」

「わかった。用意してやってみよう。しかし、お前は気持ち悪いとは思わないのか??」


 自分から進んでやるという果敢な行動は、姿優しいかすみからは想像できなかった。


「人並みに気持ち悪いとは思うわよ。でもそれがわたしの仕事だから」

 あたりまえのこととばかりに言うかすみに、烈火は驚いた。


 花を手折ることすらためらいそうなかすみの見た目からは、思い切りのいい大胆な行動は隔たりがあるのだ。

 黙って佇んでいれば桜の精霊だが、彼女は人間でまかりなりにも村人の命を預かる薬師。

 儚さと力強さを持った娘だ。


「確かに、変わっているな……」

 小声でひとりごちたというのに、かすみの耳には届いていた。

「何か言った?」

「いや、ミミズを潰すのが仕事とはな」

「ちょっと、違うわよ! 雛を助けるのも仕事のうちということよ。それに、ミミズも薬になるから怖がっていられないのよ!!」


 かすみは、烈火にだけは言われたくなかったと頬をふくらました。


 *


 かすみは練り餌を慣れた手つきで雛の口を開くと藁管を使い少しずつ餌を飲み込ませた。

 そして、喉もとをやさしくなで促す。


「よしよし、いい子ね。これで少し様子を見ましょう。少しずつでいいから、回数を多くあげて」

「すまないな」

「なに言っているの。これからは烈火の番ね」

「は?」

「もともと、雛同士で暖めあうものなのよ。でもそれが一羽じゃできないでしょ? だから、烈火が暖めてあげてね」

「そんなこと、できるわけがないだろ!」


 言っている傍から『はい』と雛を布で包み手渡され、烈火は冷や汗を流しながら身動きができない。


 鬼族の男は特に力が強い。


 熊も素手で絞め殺せるという話は、決して嘘ではない。

 烈火は、熊や猪を素手で倒した経験があった。


 無理に雛の口を開けさせ餌をやるなど、うまくできる自信はない。

 それどころか、触れただけで握りつぶしてしまいそうで恐ろしい。


「できることはするって言ったじゃない。それに、わたしより烈火の方が暖かいから」


 烈火は、なんとも情けない顔をして雛とかすみを見比べ、やがて溜息をつくと身じろぎもできず雛を見つめた。


「俺に雛の世話などできるだろうか……」


「大丈夫。あなたにはできるわ。まずは、餌やりの練習をしましょう」


 そんな当て推量な返事を鵜呑みにすることはできないが、かすみの微笑みは嘘偽りなく彼を信じている瞳だった。


 その期待に答えたい。


 烈火は、勇気を出して小さな雛にそっと触れた。




 

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