鬼とひな鳥2
烈火のもとに鳶の雛が来たのは、昨日のことだ。
「れっかー。おとうさんが夕方きてくれって言ってたよ」
小さな来訪者、族長の娘つばめは伝言を持って集落から降りてきた。
袖のないひざ丈の短い麻の着物に、うさぎの皮の胴着が良く似合う。
「ああ、わかった。つばめ、お使い御苦労だったな」
「ぜーんぜん。だってあたしも烈火に用があったんだもん」
「どうかしたのか?」
「うんとね…巣から落ちたトビのひなを見つけたの」
ほら、といってつばめは蔓で編んだかごの中にいる弱々しく鳴くトビの雛をさしだした。
まだ親の庇護を必要とする毛も生えそろわない雛が小刻みに震えている。
懸命に生きようとしている雛ではあるが、烈火はそれを見て助からないだろうと思った。
けれども、今にも泣き出しそうなつばめの様子を見て告げることはできなかった。
「つばめ……この雛は俺のところに置いて行くといい」
「どうして? あたし教えてくれたらちゃんと世話するよ!」
烈火はため息をついた。
つばめには、この雛が死ぬところを見せたくはない。
どう告げればいいというのだ。
自然の掟から言えばとうに命は絶たれているはずの生き物だ。
その最後を看取るには数えで十のつばめには幼すぎるように思えた。
甘いかもしれないが、つばめが泣く姿を見たくはない。
「つばめのところには、山猫が出入りしているだろう? ひな鳥は飼えない。わかるな?」
「あっ、そうか……」
「納得したか?」
「うん。烈火にまかせる。おねがいね。きっと助けてあげて!」
「努力はする、ただ約束はできないぞ」
「烈火ならだいじょうぶよ!」
烈火を兄のように慕い、信頼を寄せているつばめは安心した様子で足取りも軽く帰っていった。
そして、同じ歳頃の鬼はいないのだ。
だから、この鬼の少女は村で一番歳の近いといっても十ちかく離れている烈火になついている。
託された雛の命の炎は、頼りなげに瞬いている。
不意に、烈火は昨日介抱した人間の娘のことを思い出した。
抱き上げたとき感じたぬくもりは儚げでこの雛のように今にも消えそうに見えたのに、目が覚めれば鬼も恐れない強い娘だった。
まだ、あきらめるのは早いかもしれない。
できるだけのことはしてみよう。
簡素な何もない室内で、か弱いトビの鳴き声が烈火の心を揺さぶった。
◇ ◇ ◇
かすみの前に差し出されたのは、もう鳴く力もないただかすかに震えるトビの雛だった。
「すまない。この雛なんだが診てくれるか? 昨日から餌を食べていない……」
「弱っているわね」
「俺は、こういう雛が死ぬのは当たり前だと思っている。自然の理でどうすることもできないと……しだが、つばめはまだ九つだ。そんなところを見せたくなくて預かった」
じっと雛を見る烈火がためらいがちに、口を開く。
「かすみは薬師といったな? 人間以外の生き物を救うこともできるだろうか?」
「できるときもあれば、できないときもあるわ。わたしの知識は万能ではないし、薬学はそのもの自身が持つ生命力に大きな割合を締めているの」
「こんな小さな生きものは無理か?」
「いいえ。うちの村の子供たちもトビと言わずめじろやつぐみの雛を連れてくるの。そういう雛を世話して野に返すこともあるわ」
子供というのは、どこでも同じことをするものなのだと分かりくすりと笑う。
烈火は、嵐の中の灯のような雛の命をまれにでも救うことができるという希望を見せられ驚いた。
そして、同時にかすみが薬師として語る言葉は誠実で仕事を誇りとしていること分かった。
* * * * * *
※ 作中で野鳥の雛をを保護していますが、あくまで創作の為の描写であり、実際は親鳥が近くにいてエサを運んでくることで命をつなげる場合はありますので、むやみに野鳥の雛を拾わないようにご注意ください。
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