第2章 鬼とひな鳥
鬼とひな鳥1
村にも、かすみと同じ年頃の者は数人いるが、娘たちは既に嫁ぎ、男たちは手に職を持っている上に、頭の良いかすみを尊敬はするものの言い寄るようなことはなかった。
覚悟して選んだ道を後悔することはなかったが、祖父が亡くなった今となっては弱音を吐けるようなものが身近にいないことが辛いこともある。
しかし、烈火と話したときだけは、自然と本音が言えたのだ。
自分のことを知らないものだったからかもしれないが、相手は鬼だ。
にも関わらず、烈火をとりまく空気はとても静かでかすみは祖父がいたときのように落ち着けたのだった。
これ以上近づいてはいけないのかもしれないが、烈火もかすみを待っていてくれるのではないか?
どこかそんな気がしていた。
*
かすみは、ゆっくりと山道を進む。
山へは今でこそ人の往来はないが、かつては人間の出入りがあり踏み固められた道が残る。
先日のように藪や脇道に入り込んだりしなければ、淡雪桜までの道のりはそう難しいものではなかった。
ただし、油断は禁物だろう。春先は熊や猪も出る。
歩みを進めながらかすみは、烈火が彼女を見たらどのような顔をするか思案した。
喜んで歓迎はないだろう。
驚いてうろたえるだろうか?
帰れと怒るだろうか?
ただ黙って招きいれてくれるだろうか?
それは、なんとも楽しいことであった。
自然と笑みがあふれる。
そこには薬を調合し、患者の具合を診る薬師でも、子供たちに手習いを教える教師でもない、ただの娘の姿があった。
*
淡雪桜は満開を過ぎ、花びらが雪片のように降り注ぎかすみを歓迎する。
烈火の住家を訪れたかすみは、戸口の前に立つと急に緊張し何と声を掛ければいいか考え込んだ。
しばらくし、意を決し大きく息を吸い改めて扉を見れば、わずかばかり開いていた。
拍子抜けし、隙間からのぞき込むとそこには烈火の姿はなかった。
留守なのだろうか?
耳を澄ますと家の裏の方で何か物音が聞こえる。
かすみは、音の聞える方へ歩み寄った。
すると、畑の隅の方で大きな背中を丸めて土を掘る烈火の姿があった。
畑仕事をしているわけではないようだが……。
かすみはそおっと音を立てずに忍び寄り声をかけた。
「こんにちは!」
烈火は、肩をぴくりとさせ動きを止めた。
ゆっくりと振り返る。
「かすみか……。なぜここにいる?」
眉を寄せ怖い顔をしたが、かすみは満面の笑顔を返す。
名前を憶えていてくれたことがうれしかったからだ。
「先日のお礼に味噌を持ってきたの。これよかったら食べてね」
無理やり押し付けるかすみに烈火は驚き、反射的に受け取り渋い顔をする。
人間から物をもらうことはいいこととは思えなかったが、なかなか手に入らない品を貰えることはありがたかったからだ。
かすみは烈火がそれまで掘っていた穴を覗き見る。
「何をしていたの?」
「鳥の餌にするミミズを探していた」
「鳥を飼っているの?」
「いや、巣から落ちた
「鳶とつばめ??」
かすみは、理解できずに頭を悩ます。
「『つばめ』は鬼の集落の中で一番幼い子の名だ」
烈火が、説明が足りずすまなかったなと頭を
「烈火はここに住んでいるのでしょう? 集落では暮らしてないの?」
烈火以外の鬼族の存在に思いを巡らし、かすみが問うと烈火は口ごもった。
ひどく思いつめたその表情を見て、かすみは触れてはいけなかったことに触れてしまったことに気づいた。
「ごめんなさい。女だてらに薬師なんてしているせいか知りたがりで困るの。村でも慎みが足りないと村長に怒られるわ」
かすみは、苦く微笑った。烈火の踏み入って欲しくない場所にまで自分が立ち入ろうとしたことを悔いた。
烈火は笑い返しはしなかった。けれど、怒りもしなかった。
「俺のことは、いつか話すときもあるだろう……。
とりあえず中に入ってくれないか? 薬師のお前に聞きたいことがある」
かすみは、不意の申し出を快く受け入れた。
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