邪神様。どうか恨まないでくださいませ。~計画が潰れたのは私のせいじゃありません~

夏木

昔昔。



 昔、昔。神と邪神との戦いがありました。

 神々の戦いは、神が勝利し、邪神が封じられる結果となりました。

 そして世界は平和になりました。

 ですが、その平和は短いものでした。

 封印されているはずの邪神が、世界に災いを起こしたのです。

 病気や災害、人の手にはどうしようもないことが次々と起こったのです。

 そして、ある一人の大変美しい少女が、この災いの原因が邪神である事を皆に告げ、そして少女は自らが贄となり、災いを止めるためにある儀式を行いました。

 儀式の結果、邪神は眠りにつき、世界を襲っていた災いは止みました。

 そんな少女を哀れに思った神が、何時の日か少女がこの世界に戻って来られるようにと、奇跡の種を少女に授けました。


『少女に運命の相手が現れた時、少女と人々の祈りは奇跡となり、少女はこの世界に現れるだろう。

 少女は、世界に福音をもたらす存在となるだろう』


 と。

 さぁ、この地に住まう者達よ。祈りましょう。

 少女が奇跡を起こすことを。福音を我らに与えてくれることを。

 神よ、少女と奇跡を、我らに。




 と、言うなんの面白味もないこの話が、世界に広がり、誰もが知るようなお話なのは実際にあった事だから、です。

 そして、もしかしたら自分がその『運命の相手』かもしれないと、思い込んだ行動力のある方々が伝説にある場所を探しに旅に出たり、探させたりした結果、儀式の間は発見されて、今ではとある国が、一応管理してたりします。

 一応なのは、儀式の間と呼ばれてる場所は、『間』とかいいつつも、外にあるんですよね。

 一応四隅を柱で囲まれていると言えば、間になるんですかね? 言葉の基準は無学の私には分かりませんが、とにかくそこは、儀式の間と呼ばれています。

 儀式の間は、神の力に守られている場所で、一年を通し、花が咲き乱れていて、どんな魔物でも寄せ付けない神聖な場所と言われています。

 いやぁ、最初は森のど真ん中だったんですよね。今じゃ大分整備されて、道も出来て、観光名所の一つと言えるぐらいになってるんじゃないかなぁ?


 とにかく、それぐらい綺麗な場所で、伝説が本当なんだ、って思わせる場所なのですよ。

 本当に魔物が寄りつかないのか? って。実際魔物は寄りつきません。

 近場で魔物に襲われたらそこに逃げるべし。という言葉があるくらいには。


 魔物達も分かっているのですよ。寄りついたら最後、自分達が餌になっちゃうって。

 え? どういう事かって? 儀式の間の周りにある花々。こちらも魔物なのです。

 邪神様の一部とも言える世界でここにしか存在しない最上級の植物魔物なのです。

 なので、人の目がないところで近づいて来た魔物を倒して、地中に引きずり込んで養分にしちゃうのです。


 え? 神聖な場所が一気にきな臭くなってきたって? ええ、それで正解です。

 先程のお話、ある吟遊詩人によって語られたお話なんですが、世界に広がった後、このお話には『聖女の祈り』とか、『聖女の奇跡』とか、少女のありもしないエピソードをあれよこれよと付け足して、語られてるんです。

 まず『聖女伝説』と言われるとこの少女を真っ先に思い出すくらいには有名な話なのですよ。

 でもね、吟遊詩人は一度も少女の事を『聖女』とは唄ってないのです。

 唄えるはずがないのですよ。それは事実ではないのですから。

 その吟遊詩人も、贄となった少女も、邪神様の眷属で、邪神様が復活するために行っているのですから。


 きっとこの手のお話は、本来百年か二百年ぐらいは信じられても、最終的には神話の一部とかになるのでしょう。ですが、この話は未だ、信じられています。

 まぁ、先程も言ったように観光名所にもなっちゃいましたが……。でも、名所と言われるくらいには訪れる人がいるという事です。


 さて、ここで問題です。吟遊詩人が、短期間にあのお話を大勢に広めるのが仕事であれば、贄となった少女の仕事はなんでしょうか?


 え? 邪神を眠らせるために贄となったんだろって?

 それは、そうですが……。あれは建前です。もっと別の仕事があったのですよ。

 さぁ、考えてみてください。

 ちなみに、少女は大変美しい少女だ。っていうだけで、容姿の情報って一切無いんですよね。

 髪の色も目の色も肌の色も、身長を含めた体型、それらを表す話は一切ありませんでした。

 何故って?

 美醜って、人によっても違うけど、国によっても違うんですよね。

 限定しちゃうと私の仕事に支障が出てくるのです。

 何も無い、ただ、「大変美しい少女」だったって、その言葉で思い浮かべるその人の理想が、私にとってはとても大事な事だったのですよ。

 さぁ、これは重要なヒントですよ。

 さらにもう一つ重要なヒントを与えるとしたら、普通に考えると「少女」の運命のお相手は「男」ですよね。

 段々分かってきました?

 はーい。では、考える時間はここまで、正解を発表しちゃいましょう~。


 実は~、私は~。

 邪神様が、自らを復活させるために作った、淫魔、夢魔でございます。

 どうです、当たりました? 外れちゃいました?

 当たったらおめでとうございます。外れちゃったら残念でしたね。で、済むお話なので、どちらでも大丈夫ですよ。



 え? 質問と答えが合っていない?

 あら? そうでしたっけ? えーっと、質問は……と。……ああ、確かに質問は私の仕事はなにか、でしたね。これはこれは……やっちゃいましたね。正しい正解は、『男の欲を刺激し続けて、伝説を風化させないお仕事』ですね。

 失敗失敗。

 つまり、夜な夜な私は、あちこちの男性の元に通っては、その理想とする聖女の姿で現れ、『運命の男性』を待っている、と期待させるのですよ。

 もしかしたら、俺が伝説の『運命の相手』かもしれない、と思わせるのです。

 いやぁ、最初の頃は大変でした。本当に。

 そもそもですよ? 私、夢魔なので、人々の前に実際現れて、災いは邪神が行っている事です! と、演説なんて出来ないのですよ。

 吟遊詩人が唄ったこの部分。

 村や町の規模に合わせて、私が演説している夢を見せたのです。

 村の一角で演説してる私。町の出入り口で演説する私。みたいな。

 複数の人の夢を重ねて出演なんて、凄くないですか!?

 そういう所が邪神様謹製といえるでしょう。


 まぁ、それは置いてですよ。

 男性の皆様にも、伝説は本物なんだって、信じさせるのにも、この方法を使いました。

 一般人が相手なら、それこそ、複数の男性の夢を重ねて、後ろ姿とかの雰囲気美人とかで誤魔化したりしました。じゃないと、とても間に合いません。

 対象者は世界中の男性ですよ?

 まぁ、それはあくまで、一般の方々です。魔力の高い方々の元では、しっかりと個別でお相手の好みの姿で対応してきましたもの。そういう方々の祈りは特に力が強いので。


 え? そういう人達には夢魔って、ばれるんじゃないかって? いやいや、そういうのは大体、やり過ぎるからバレるんですよ。彼女達は、お気に入りが居たら、他人に食われる前に、ってがっつくから、急激な変化でばれちゃうんです。

 でも、私の役目は、世界中に伝説を根付かせ、風化させない事です。なので、一度っきりって事も多いのです。

 そもそも「伝説は本当だった!?」っていうのを実感させるための夢渡りなので、お相手しない事も多いので。

 ……これについては、同族の方々には哀れみを貰いましたけどね……。


 でも仕方ありません。私は純粋な夢魔ではありませんし。

 私の意志なんて重要ではないのです。

 私はいずれ、邪神様の依り代を生むためにこの世界に現界し、邪神様が決めた『運命の相手』と子を作り産む。それが私の存在理由なのです。

 『神の奇跡』というのは、そういう事なのです。

 実際、邪神様は神ですから、ウソは唄ってないのです。

 福音とは、邪神様と、その甘い汁をすする者達にとってのものですから。

 え? お前もだろうって?

 いえ、私はたぶん、邪神様を産み落とした時に死んじゃいますから。

 流石に、夢魔の時ならともかく、肉体を持った後で、幼児サイズの子を産むとなると、通常の産道からは無理でしょうから。

 え? 何故、幼児サイズ?

 邪神様が、動きもしゃべりも出来ない赤子なんて嫌がったからですよ。

 なので、私も甘い汁はすすれないのです。


 私が出来るのはせいぜい、ちょっとだけ好みの男性のところに行く回数を増やす、くらいです。それぐらいの我が儘は許されると思いませんか?

 一応、淫魔なので、そういう事も有り、なんですよ。

 というか、むしろ、それをさせるために、邪神様は淫魔をこの計画の核にしたのですよ。

 人々の想いだけでは、邪神様の依り代には向きません。

 人々の欲がある方が邪神様の依り代にはふさわしいのです。

 そういう欲が強くて、私の好みぴったりの人のところなら、ちょっと行く回数を増やすくらいなら、邪神様のお役にたてますし!


 つまり、何が言いたいかというと。私達は長い長い年月をかけて、邪神様の復活の準備をしてきたのです。

 

 そして、邪神様の復活の目処がついたので、邪神様がついに「運命の相手」を決めたのです。

 数ある運命の相手候補から選ばれたのは、私的には予想外の人物でした。


「え!? 本当に彼ですか!?」


 そりゃ、地位的には有りですよ? 彼は王太子ですし、人望も権力もありますし。

 そして魔力。かなりありますよね。人類で言えば間違い無くトップクラス。

 今現在生きている者で言えば、一位です。

 条件で言えば、かなりありです。


「でも、彼、凄く、すごーく、くそ真面目ですよ? 本当にいいんですか?」


 確認を取ってみました。


【それが良いのではないか。自分の息子が厄災だと知った時の、その絶望の顔を私は見たい】


 邪神様がそう決めたのならわたしは何も言いませんが。

 それから、私は、彼一人にしぼって行動しました。大体三年くらいかけました。

 一年目は、半年に一回、夢で会いにいきました。

 二年目は、一月に一回。

 三年目は、週に一回。


 夢の中での逢瀬を楽しみました。

 ……だからこそ、私は不安になります。


「あの、邪神様……、本当に決行しちゃっていいんですか?」

【当然だ。あの魂ほど良い輝きを放つものはいないだろう。良いからさっさと求婚してこい】

「……はい」



 そうして、私は彼の夢に渡りました。


「聖女様」


 草原に立つ彼は私を見て笑顔で駆け寄ってきます。

 私は手を振って、微笑みます。

 彼は私の手をとって、甲にキスをします。


「お会いしたかった」

「私もです」

「今日はどこに行きましょう?」


 景色が変わります。きっと彼が私を連れて行きたい場所なのでしょう。

 魔法を使うのが上手な彼は、夢の世界を操るのも上手なのです。

 ……やっぱりちょっと嫌な予感がするのですが……。

 思わず、そっと視線を下に降ろしました。

 ですが、邪神様からはさっさとしろ、というような圧力だけを感じます。


「……実は大事なお話があります」


 彼の手を取り、両手で握り込み、彼を見つめます。


「皆様の祈りと想いが集まりました」

「え?」


 私は溜め込んでいた力を解放します。


『今、奇跡が起こります』


 劇的な変化などはありません。

 ただ、風が渦を巻くようにわたくしへと集まってくるだけです。


「”私と結婚して、私の子の父親となってくださいませんか?”」


 これで、「はい」と答えてくれたら、術は成功です。

 彼は目を見開いて、私を抱きしめました。

 好感触です。後は頷いてくれたら……。


「やり直しましょう、聖女様」


 え?


「求婚は私からさせてください。愛しています聖女様。貴方が私の傍で新しい人生を生きていけるのなら、私にとってはそれだけでいいのです。それだけで奇跡なのです」


 嫌な予感通り、逆に求婚されました。

 これ、どうなるんですか邪神様!?



「口付けても?」

「え? あ、はい」


 私は同意しました。


【馬鹿止めろ!】


 という慌てた声が聞こえて来たのですが、すでに遅く。

 彼と初めて口付けを行いました。

 ……そう。彼はいままで、理想の女性である私を前に、口付け一つしてこなかったくらいの、くそ真面目な紳士でした。

 だからこうなる予感はしたのです……。なんて、思っている間に、世界は真っ白な光に覆われて、思わず目を閉ざしました。




 そして、私は、夢の中では散々見た、儀式の間に横たわっていました。

 体を起こそうとして、違和感に気付きます。


「……え?」


 慌てて手を見て、顔を触って、髪を見て、体を触ります。

 ……肉体です。本物の。

 鏡がないので、詳しい事は分かりませんが……、彼が思い浮かべていた、理想の女性の姿なのでしょう。

 儀式の間の周りで咲き誇っていた花花は全てなくなって、黄金の麦穂となっていました。

 彼が最も愛していた景色でもあります。


 あー……嫌な予感がします。


 私はもう一度、自分の体を確かめました。

 どうやら、あのやりとりの影響で、術が乗っ取られた様です。私は、聖属性を持つ聖女になってました。

 そして、邪神様の母となる事もなくなりました。私の求婚が拒否されたせいでしょう……。

 私の子。というのが邪神様の事でしたから。

 そして、私がただの人間で無く、聖女になったのは、彼の想いに引っ張られて作り替えられたからでしょう。

 邪神様じゃない方の神へと意志の疎通も出来る様になってます。

 そのおかげで、今、私の存在が、はっきりとその神へと知られてしました。

 ほう? って声が聞こえました! 怖いです!


「聖女様!」


 私を呼ぶ声に振り向くと、彼がいました。

 彼は一目散に私へと近づいて来て、抱きしめます。


「ああ、夢で無くて良かった」

「……ええ、夢ではありません」


 ええ、もう夢ではありません。


「こうやって現実で貴方に会えるなんて……。……私が、貴方の運命の相手で、間違いないのですか?」

「……はい。貴方が私の運命の相手です」


 そう答えるしかありません。

 

 その後、私は城へと連れて行かれました。

 神殿にも行く事になりました……。

 もちろん、聖女として、働く事にもなりました………………。

 神の監視、怖いです。






 はいけい、邪神様。

 邪神様。お元気でしょうか?

 ………あの、邪神様。計画が潰れた上に、もう同じ方法は使えませんが、私のせいじゃありませんよね。

 私、邪神様の指示にきちんと従ってましたよ!

 こうなったのは私のせいじゃないですよ!?

 お願いですから、恨まないでくださいね!?

 邪神の恨みなんて、とんでもない呪いですから!!

 お願いですから、恨まないってどうにか返事を貰えませんか!?


 今日も私は必死に邪神様に祈ります。

 ですが、返ってくるのは別の神の声です。


『ふむ。「偽者聖女は、こうして本物の聖女になった」と、其方の半生を物語にしてみるか?』

「止めてください! 聖女として一生懸命働きますから!!」


 そんな事されたら夫となった彼が何をし出すか分かりません!


『なら集めた奇跡の力の分、身を粉にして働け』


 今日もまた、無慈悲な神の声が私に届きます。

 うわぁぁぁぁん。なんでこうなったんでしょうか!?

 誰か私にも慈悲を~。

 今後の事が恐ろしく、私はそう願わずにはいられませんでした。

 



 




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邪神様。どうか恨まないでくださいませ。~計画が潰れたのは私のせいじゃありません~ 夏木 @blue_b_natuki

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