第25話 確認


 青ざめている操真を見て、嵐山は叩きつけるようにドアを閉めた。


「次はおまえの番だとよ……」


 そう言ったくせに、嵐山はドアにどっかりと背中を預けて、動こうとしなかった。


 操真は中に入れない。困っていると、嵐山は洟をこすって「おい、囲井」と凄んだ。


「おまえ、オレに勝ったつもりでいるんじゃないだろうな」


 嵐山の言葉に、操真は困惑する。別に勝負なんてしていないはずだ。


 むしろ嵐山は、一人で何を勝手に負けたつもりになっているのだろうか。


「おまえは知らないだろうけど、まふゆはなあ……昔から、すっごく……」


 だが、嵐山はそこから先を続けなかった。


 なにか懐かしむような表情で黙りこくっている。


 まふゆが彼と同じ小学校に通っていたという話は、まふゆから聞いていた。


 きっと昔から、すごく素敵な女の子だったんだろうな、と操真はぼんやり思う。


 その姿を知っている嵐山が、ちょっと羨ましい。


 嵐山はため息をついて「いや、それはもう別にいい……」と首を振った。


「それより、オレは絶対に謝らないからな」


 いきなり、人差し指で鼻先を指さされ、操真は思わず顔をよけた。


「なぜならオレはなにも間違ってないからだ。おまえみたいなヤバいやつは、まふゆに全然ふさわしくない。まふゆの幸せはオレと結婚することだ」


 この時、操真はやっと、嵐山がまふゆに片思いしているのだと思い至った。


 結婚というワードが出てきたことに、驚きのあまり、手で口を押さえてしまう。


 そして、自分は本当に、他人のことを何も知らないのだと思った。今まで恐怖に駆られて人間関係から逃げ続けてきたからだ。


 だから何も知らない。何も知らないから怖い。怖いから逃げる。


 逃げるから、何も知らない。その繰り返しだ。


 操真がただ、まふゆを好きなように、嵐山もただ、まふゆを好きなのかもしれなかった。


 操真はやりきれない気分になる。たぶん、嵐山と話をしなければならないと思うのだが、何も言えない。癖のようにポケットに手を入れると、嵐山は、オエッと吐くまねをした。


「おまえ、まだそこにあのゴミを入れてるのかよ」


 フユをゴミ呼ばわりされたことに、操真は不思議と怒りを感じなかった。


 どうやら嵐山には、フユのことが本当にゴミに見えているらしい。


「…………嵐山は……」


 操真は、おずおずと言った。


「目が……おかしいのか?」


「あ! ケンカ売ってんのか、てめえ!」


 はじめて話しかけると、嵐山は毛を逆立てて怒った。


 操真はもう、なんと言ったらいいのかわからない。


 だが、かわいいお人形であるフユがゴミに見えるなら、嵐山の目の方に問題がある。本人に自覚がないだけだ。だとしたら操真が気に病んでも、もう仕方なかった。


 操真から哀れむように見られて、嵐山は調子が狂った。イライラと吐き捨てる。


「おまえって本当にきもちわるいやつだな」


「嵐山が、そう思うのは自由だ」


 その言葉は、すっと口から出た。


 嵐山が苦いものを喉に詰まらせたような顔で身をひく。それでやっとドアが開けられた。


 中に入ると、すでに男鹿先生はジャケットを着て、乱れた椅子の位置を整えていた。


「待たせてすみません。座ってください」


 操真は嵐山と話をしていたのだから、おそらく先生も同じくらい待ったはずだ。


 律儀に謝られ、操真も思わず頭を下げる。


 席に着くと、先ほど嵐山に邪魔された事実関係の確認がいくつかなされた。


 ほとんどが「はい」で済むものばかりだ。操真はフユを見せるように言われるだろうかとドキドキしていたのだが、先生は口頭でしかお人形のことは確認しなかった。


 嵐山の様子からして、泣くほど責められるのだと思っていた操真は拍子抜けした。


「……わかりました、ありがとうございます。では一つ質問します。囲井さん」


 男鹿先生は顔の前で両手を組むようにして、操真に尋ねた。


「お人形を連れずに、あなた一人で学校に来ることはできますか?」

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