第24話 生徒指導室
後日、操真と嵐山の二人は、男鹿先生から生徒指導室に呼び出された。
嵐山は慣れっこだが、操真は初めてのことだ。
そこはせまい小部屋で、刑事ドラマに出てくる取調室に似ている。
会議机を挟んで、パイプ椅子が手前に二脚と奥に一脚、置いてある。
その手前の二脚に、二人は並んで座らされていた。
「な、わかったか? 女子ってのはなんでもすぐチクるんだ。そういう生き物」
片手をひらひら振ってふざける嵐山に、操真は返事もできなかった。
前に座っている男鹿先生が怖いからだ。
腕組みした先生は、老眼鏡の奥で目を細めたまま黙りこんでいる。
「それでさ、否定しないってことは、先生もそう思ってるってことなんだよ」
「嵐山、ふざけるのも大概にしなさい」
「ハイ」
実際のところ、男鹿先生は女子がどういう生き物かなんてことは考えてもいない。
だが、嵐山の行動について、先生に訴えたのは確かに一年二組の女子たちだった。
そう、『茜ちゃん王子様化計画』の茜をのぞいた面々である。
コミュニケーション超人の茜は嵐山のことでさえ友達だと思っている。
だが、彼女たちは、そうではない。
嵐山なんて、とんでもない女の敵だと思っている。
だからこそ『本当に、あんな外道は見たことがありません』『警察に捕まるべきです』と、怒りを露わにして男鹿先生に嵐山の異常行動を訴えたのだ。
これまでも怒ってはいたのだが、友達である茜の顔を立てて、また『女はチクる生き物』などという妙な持論を振りかざされるのが嫌で、直接的な行動には出ずにいた。
だがヒキガエル事件からのお人形事件はもう我慢の限界だった。
結果、これまで先生が知らないところで行われてきた嵐山の悪事はすべて暴露された。
そして芋づる式に操真がポケットにお人形を入れていたことまでもが知られたのだ。
巻き込まれてしまった操真は、どうしてこんなことにと思っている。
いや、女子を責めるべきではない。悪いのはすべて嵐山だ。
「まあオレが悪いのは百歩譲って別にいいんですけど、囲井が常に片手で人形を撫でくりまわす系の変態だってのは校則違反で退学にできたりするんですか?」
「嵐山、言葉に気をつけなさい」
「だって囲井まで呼び出す意味がわかりませんよね。こいつはきもちわるいド変態ですが、今回の件に関しちゃ完全に被害者なんじゃないですか」
悪いのはすべて嵐山、の、はずだが、ぺらぺらと早口でまくしたてられる言葉に、操真はわけがわからなくなってくる。
言葉選びこそ最悪だが、なぜか操真を弁護しているように聞こえるのだ。
男鹿先生も同じように感じたのだろう。眉間のしわを指で押さえて深いため息をついた。
「クラスメイトの処遇を心配する前に、自分の行動をよく反省しなさい」
「心配? このオレが? まさか!」
まるで役者みたいに両手を派手に動かすので、操真の肩にまでぶつかってくる。
もっと椅子を離したいが、横は壁だ。
先生はもう、嵐山のことは無視することにしたようだ。操真に向き直った。
「事実確認をします。囲井さん、学校にお人形を持ってきたんですか?」
「……はい」
「そりゃ幼稚すぎますけどたかが人形ですよ。タバコ持ってきたわけでもなし、なんで」
「嵐山、先生は今、囲井さんと話をしています。自分の番が来るまで待ちなさい」
「嫌だ、待たない!」
嵐山は、とうとうパイプ椅子を蹴って立ち上がり、机を両手で叩き始めた。
「その場にいもしなかった先生が、後から正義面して上からごちゃごちゃ言ってくるのが気に食わないって言ってんだよ!」
「静かに、しなさい。嵐山」
「オレが囲井のきもちわるさにケチつけるのは間違ってない。囲井はきもちわるい。オレはこいつが大嫌いだ。でも先生が立場に物を言わせて囲井を責めるのは間違ってる!」
「嵐山!」
「うるさい! オレは絶対に黙らない! 断固として抵抗する!」
もう机はぐらぐらと揺れてしまっていて、操真はもう壁に張りつくしかない。
男鹿先生はすーっと深呼吸した、そして一度、小さく舌打ちした。
袖口にチョークの粉がついたジャケットを脱ぎ、畳みながら言った。
「囲井さん、すみませんが、少し廊下に出ていてください。先に嵐山と話をします」
一人でギャーギャー喚いている嵐山の脇で、操真は震えながらうなずいた。
嵐山ときたら、いったいどういうやつなのか、さっぱりわからない。人の持ち物を勝手に漁ったり、フユを踏めと言ったりするのに、どうして操真が怒られるのを嫌がるのか。
問題児にもこだわりがあるのだろうか。
いや、単に先生が嫌いなだけかもしれない。
なんにしても操真は、あの密室から解放されて、少し一息つけた。
ほっとしてドアの横によりかかると、突然、ドゴッと鈍い音とともに、壁に大きな衝撃が走った。操真はびっくりして壁から飛びのいた。
進路指導室は、ほかの教室より防音がきいているらしい。
うまく聞き取れないが、中では先生と嵐山がなにか激しく言い合っているようだ。
男鹿先生が本気で叱っているのが伝わってきて、操真はすっかり怖くなってしまった。
一方、嵐山の声の方はどんどん弱々しく、小さくなり、とうとう泣き声が混じり始めた。
いったい中で何が起こっているのか、操真は恐ろしすぎて想像することもできない。
震えながら見つめていたドアが、急に開いた。
中から目を真っ赤に泣き腫らした嵐山が出てきた。
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