5:まふゆはお人形がいいのに。
第22話 フユは、
まふゆは持久力がなかった。
体が小さいので身軽ではあるのだが、泣きながらずっとなんて走れない。
だから操真はかなり早い段階で追いついてはいた。
しかし、彼がどんなに声をかけてもまふゆは泣きながら歩き続けている。
仕方ないから、おろおろとその後ろをついていくことしかできない。
まふゆが人のいない方へ人のいない方へと突き進んでいるのは明らかだった。
そのうち、校舎と体育館の間にある渡り廊下で、まふゆは立ち止まる。
(はじめから、わたしなんて)
渡り廊下は屋根と柱こそあるが、ほとんど外だ。
その柱の前まで来て、まふゆはとうとう泣き崩れた。
(わたしなんて、はじめから、お人形だったらよかったのに)
まふゆがお人形だったら、嵐山がちょっかいをかけてくることもなかった。
きっと転校も引っ越しもなかった。
お父さんとお母さんも離婚しなかった。
それどころか結婚もせず、まふゆは生まれてくることもなかった。
だけど、どうせ離婚するなら、学校でこんな騒ぎを起こすことになるなら、嵐山のことを無視しつづけるくらいなら、人形のほうがよかったじゃないか。まふゆは、本当にそう思う。
まふゆは、人間になりたいと願ったことなどない。
生まれつき、気づいたら人間だった。だから怖い思いをするし、さんざん苦しんでいる。
でも、もう、たくさんだ。もう傷つきたくないし、誰のことも傷つけたくない。
人形がいい。人形になりたい。
(一生、許さないなんて、誰にも思いたくなかった。思いたくなかったのに)
柱に頭を押しつけるように泣いているまふゆを見て、操真は胸が張り裂けそうだった。
「まふゆさん」
「こないで」
泣きすぎて溶けてきそうな顔をぶんぶん振って、まふゆは嫌がった。
そう言われてしまうと、操真は近づけない。立ち止まったまま話しかけた。
「……泣かないで。まふゆさん」
「もういやだ……」
まふゆは、泣きじゃくった。
「いっつもダメなの……わたしがしゃべると、失敗する。誰にも伝わらない、間違ったことばかり言ってしまう」
「そんなこと、ないよ……」
「うそだ……」
「……本当だよ」
操真は自分が情けなかった。
教室でまふゆが嵐山に言ったことは、全部、本当は操真が言うべきことだったのだ。
誰を敵に回しても、操真は絶対にフユを守らなければならなかったのに。
「ごめんなさい……まふゆさん……」
操真はきもちわるいと言われたり思われたりすることは、はじめてではない。
人から言われて、自分でもそうだと思う。
でも、本当のところは、どうなのだろう。
それをきもちわるいと決められるのは、いったい、誰なのだろうか。
「まふゆさんは、何も間違ったことを言ってない。おれが自分で自分の気持ちに負けたんだ。だからフユを守れなかった。まふゆさんに……つらい思いをさせた……」
操真はジャージの袖で目元をぬぐった。
フユを捨てるとか、それどころか踏むなんて、そんなの考えるほうがどうかしている。
だって、こんなにかわいくて、大切なのに。まふゆから名前をもらったのに。
まふゆの後ろ姿が遠い。
ジャージのポケットの中にいるフユを、操真は視線で撫でた。
フユはお人形だから、強い。たとえどんなことがあっても、操真の気持ちを全部わかってくれていて、だからきっと今も情けない操真を許して、励ましてくれている。
でもまふゆは、そうじゃない。そうじゃないから、操真が話しかけないといけなかった。
操真はポケットに手を入れないまま、勇気を振り絞って、まふゆに尋ねた。
「……そっちに行っても、いい?」
まふゆは洟をすすりながら「うん……」と、うめくように返した。
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