3:フユ

第14話 お人形がほしい。

 囲井操真にはお姉ちゃんがいる。


 お姉ちゃんはお人形をいくつか持っていたが、操真には絶対にさわらせてくれなかった。


 操真だって、かわいいお人形がほしい。


 お母さんに頼んでみたが「すぐ飽きるでしょ」と言って取り合ってくれない。


 それどころか、お姉ちゃんに貸してもらいなさいと本末転倒なことを言い出す。


 当然、貸したくないお姉ちゃんは嫌がって怒る。ものすごく怒る。


 操真はなんとか諦めようとした。


 周りにいる男の子は誰もお人形で遊んでいない。遊んでも、せいぜい縫いぐるみだ。


 着せ替えができるような、かわいい女の子のお人形がほしいのは、操真だけだった。


 周囲からおかしいと思われているのはわかっていた。


『もしかして女の子になりたいの?』と聞かれたこともある。


 男とか女とか、操真は考えたこともない。


 操真はただ、お人形がほしいだけなのに。


 お姉ちゃんはそのうちに大きくなって、お人形遊びをしなくなった。


 一方、操真はこんなに背丈が伸びても、まだお人形のことを忘れられなかった。


 それで、ふと思った。


 いつまでもお人形がほしくてたまらないのは、遊んだことがないからじゃないか。


 一度飽きるほど遊んでみれば、お姉ちゃんみたいにお人形を忘れられるんじゃないか。


 家の押し入れには、お姉ちゃんが存在も忘れてしまったお人形たちが眠っている。


 あれはお姉ちゃんのものだ。操真は、自分で自分のお人形を買うと決めた。


 お小遣いとお年玉を貯めながら、インターネットで情報を集めた。


 誰にも知られるわけにはいかなかった。


 小さなものでいい。たった一体でいい。自分だけのかわいいお人形がほしかった。


 選択肢が見えてくると、一気に欲が出てくる。


 寝かせるとちゃんと目が閉じる子がいい。立ったり座ったりできる子がいい。


 髪型も目の色も、顔の形さえ、お人形なら選べる。


 そのぶんお金もかかるけれど。


「それが、こいつ」


 ハンカチにくるまれたお人形を、操真はそっとちゃぶ台に座らせた。


 お茶の入った湯呑と急須のそばで、お人形は優しくほほえんでいる。


 見るのは二度目なのに「かわいい」とまふゆは目を細めてしまう。


 操真が自分で選んで買ったお人形は、本当にとてもかわいかった。


 親指で湯呑のふちを撫でる操真の顔には、なんの表情も浮かんではいない。


「どんなにかわいくても、おれが持ってると、きもちわるいんだ」


 お人形に問題なんてなにもない。問題があるのは自分自身だと、操真は思う。


「こっそり持ち歩いてたら、やっぱり今日みたいにバレて、家族全員ひいてた」


 操真は自分の家でも無口だった。


 弟のことを、歩く岩くらいに思っていたお姉ちゃんは「家族にも言えないような物を外に持ち歩いて恥ずかしいと思わないのか」と激しく怒り、お母さんは驚いて寝込んだ。


 いや、寝込んだのはタイミング悪く風邪をひいてしまったせいだが、とにかくお姉ちゃんの怒りようが大変だった。もともと怒りっぽいお姉ちゃんだったので、「その甘えた性根を叩き直してやる」と言って、操真をどつきまわしてしまう。


 お母さんも、操真のせいで困っているのは伝わってきた。


 操真は何も変わっていないのに、二人からはもう宇宙人のように見えているらしい。


 お父さんは仕事の都合で、一人だけ遠くで暮らしている。いわゆる単身赴任だ。


 そのお父さんも交えて家族会議が開かれた。


 リモートで参加したお父さんは、パソコンの画面の中から「じゃあ、お父さんの方に来て一緒に暮らすか」と提案した。その単身赴任先が、今、操真とまふゆの二人がいる雪国だ。


「笑っちゃうよな……おれ、こんな見た目なのに、すげービビリで……」


 まふゆは笑わなかったが、操真は力なく笑っていた。


 いつもは重い口が、自分のことを悪く言うとなると、恐ろしくなめらかに動く。


 頭の中でずっとそう考え続けているからだ。


「人と話すのが、とても怖い。それで……髪も切りに行けないくらい」


 操真はお母さんが行くような美容院も、お父さんが行くような床屋も、昔から苦手だった。


 背後に刃物を持った他人が立っていると思うだけで寒気がする。


 話しかけられた日には、その場から逃げ出してしまうほどだ。


「……でも、こいつといると、なんとかなる」


 ポケットの中のお人形は、決して操真を裏切らない。絶対的な味方だ。


 体は小さいけれどかわいくて、とても強いパワーを秘めている。


 こんな子が味方してくれているのだから、絶対に逃げ隠れなんてできないと操真は思う。


 お人形は争いごととは無縁で、平和な世界が似合う。その平和を守れるのは操真なのだ。


 だから怖くてもがんばれる。お人形は、操真にとってとびきりの応援団だった。


 たとえ周囲から、きもちわるいと思われてしまっても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る