第13話 なんと大きなお客さま
「おばあちゃーん、ただいまー」
「まふゆ。おかえりー」
帰ってきたまふゆは、おばあちゃんに抱きつくように挨拶した。
後ろで所在なさげに立っている操真のことも紹介する。
おばあちゃんは目が悪いから、操真のことも最初、なんと大きな女の子だろうと思った。
まふゆが男子のことを怖がっていると知っていたせいもある。
だから、まふゆが男の子を連れてきたと知って、座椅子から転げ落ちるほど驚いていた。
(もう……おばあちゃんってば……)
足が悪いのに慌てておもてなししようとするおばあちゃんを、なんとか落ち着かせた。
まふゆは操真を、お人形がたくさんいる和室に連れていった。
小学生の時、茜ともよく遊んだ部屋だ。今はもっぱら裁縫をするのに使っている。
壁いっぱいにお人形の棚が並び、余った床に作業用のちゃぶ台を置いている。
一人の時はここで湯たんぽを抱いて作業するのだが、今日は操真が来ていた。
ダルマストーブを出そうと縁側の障子を開けると、雪はまだまだ降っていた。
ひとつひとつの粒が野球ボールほどもある。
おばあちゃんと暮らして数年が経ち、ようやく、これは積もる雪だとわかるようになった。地面に着いた時、白い粒が溶けずに溜まっていくのだ。
振り向くと、コートも脱がずに操真が立っている。
彼も、かつてのまふゆと同じ、転校生だ。
(……どこから来たんだろう)
男鹿先生から転校生が来ると話があった時から、クラスでは「なんでこんな変な時期に」とは言われていた。転校生・不良説のはじまりは、実はそこからだ。
誰かが「事件を起こしたんじゃないか」と言い出し、また、別の誰かが「親の仕事の都合でしょ」と言う。まふゆを見ながら「親の離婚かもよ」と言う人もいた。
そして、話題性のある説が残り、本当か嘘かあいまいなまま噂が広がるのだ。
まふゆはダルマストーブを点火して、その上に水を入れたヤカンを載せた。
お茶を淹れられるようになるまでは、まだ時間がかかる。
まふゆはちゃぶ台の下から、裁縫道具の入った缶を取り出した。
中身を確認すると操真に向かって「はい」と両手を出す。
透明な何かを差し出すようなしぐさに、操真は目に見えて戸惑っていた。
(あ……そうか、操真くんは人間だから、ちゃんと説明しないといけないんだ)
慣れ親しんだ部屋にいることで、まふゆはすっかり、お人形と接する調子でいた。
急に恥ずかしくなって、もたもたと両手を動かす。
「えっと……あの、カーディガン……な、直せる……わたし……これで」
かぎ針で毛糸をすくう真似をしてみせる。片言の日本語に操真は慌ててうなずいた。
ぎくしゃくと鞄からカーディガンを取り出すと、まふゆの手に乗せた。
穴をよく見る。
引っかけて毛糸がほつれたところに、負荷をかけ続けたせいで穴が空いたようだ。
かぎ針で編み目を整理し、縫い糸で補修すればなんとかなりそうだ。
糸の太さに合わせてかぎ針を選び、編み目を揃えはじめる。
ふとヤカンの様子が気になって顔を上げると、操真と視線がかち合う。
いつもは自分か人形しかいない部屋だ。今は操真がいる。まふゆは赤くなった。
「あ、あの。本も、あるよ。お人形の……」
おじいちゃんの持ち物で少し古いが、デザインドールのファッション誌みたいなものもあったはずだ。取りに行こうとすると、操真は無言で首を振った。
退屈なわけではないらしい。
見られていると思うと、手元が狂いそうになる。大失敗したらどうしよう。
穴をふさごうとしているのに、もっと穴が大きくなってしまったら、困る。
先に謝っておくべきだろうか。
「ごめん」
だが、そう口に出して言ったのは、まふゆではなく操真のほうだった。
「……きもちわるいよな……おれが、見てたら」
ふいっと初めて向こうから逸らされた視線を、まふゆは思わず目で追ってしまう。
気持ち悪いかと聞かれると、別にそうではなかった。
クラスでもそんな話は聞いたことがない。
女子の間で、操真は嵐山軍団に与しない無害な男という認定を受けていた。
睨まれていると感じていたのも、まふゆだけだったのだ。
それも、目つきの悪い操真に、まふゆが怯えていたせいで。
操真は、一度は伏せたブラックホールのかけらのような目を、再びまふゆに向けた。
「五鈴さんが、お人形みたいにかわいいから、つい……」
見つめ合いながら、まふゆは急に恥ずかしくなった。
人からよく言われてきたことだ。まふゆは、ずっと社交辞令だろうと思っていた。
だが、本物のかわいいお人形をずっと持ち歩いている人がそう言うなら、誉め言葉だろう。
「あ……ありがとう……」
今度はちょうどのタイミングでお礼を言えた。
だが、操真はやはり『どういたしまして』とは、言わなかった。
まふゆは自分がなにか勘違いしてるんじゃないかと、不安になって聞いた。
「操真くん、お人形、好き?」
まふゆの問いかけに、操真の目の奥が大きく揺らぐのがわかった。
しゅんしゅんとヤカンがかすかに湯気を立てるなか、操真は震える声で言った。
「嫌いになりたいよ……」
それから操真がまふゆに話し出したのは、彼と彼のお人形の話だった。
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