第7話 悲しい朝

 事件が起こったのは、それから数日後だった。


 まふゆはめずらしく一人で登校していた。


 いつもは近所に住んでいる茜と二人で行くのだが、今日は遅刻すると電話があった。


『うちの弟が二人してカゼひいちゃってさー』


 茜のお母さんはパート勤めで、午前中は仕事を抜けられないらしい。


 それでお姉ちゃんの茜が弟二人の看病、もとい見張り役を引き受けることになった。


 受話器の向こうからも、二人の弟たちの騒ぐ声が聞こえてくる。


 茜はよく、弟たちのいたずらぶりをこぼしていた。


 見張りというのも二人が家をめちゃくちゃにしないよう目を光らせておくことらしい。


 電話は用件だけで済み、まふゆは受話器を置いた。


「茜ちゃんからかい?」


「うん」


 居間のこたつに入っているおばあちゃんに、まふゆはうなずいた。


「茜ちゃん、最近は遊びに来ないけど、忙しいのかねえ……」


「うーん……」


 まふゆは、どう答えればいいのかわからなかった。


 茜が忙しいのはそうだが、まふゆの家にはお人形のほかに遊べるものがない。


 もうお人形遊びをする年じゃないから、と言えばおばあちゃんは気にするだろう。


(でも、おばあちゃんは、茜ちゃんに会いたいのかな……)


 いやいや、おばあちゃんは、単に気になったからそう聞いただけだ。


 むしろ、まふゆが寂しくないか心配しているのだが、言葉に敏感なまふゆは、なん

だか心細くなってしまった。


(もしかして、おばあちゃんはわたしと一緒にいても、つまらないのかなあ)


 いつも優しいおばあちゃんのことが、まふゆは大好きだ。


 片足が少し不自由だが、いつもまふゆに裁縫を教えてくれる。


 でも、娘であるお母さんの話をする時は、もっと楽しそうにしている気がした。


 お母さんは仕事が大好き。お父さんと離婚してからは海外で働いている。


 かっこいいお母さんを、おばあちゃんが誇りに思っているのは、まふゆも知ってい

た。


 加えて、コミュニケーション超人の茜に会いたいらしい。


 二つの材料を一つに合わせると、悲しい考えができあがって、まふゆは頭を抱え

た。


(おばあちゃんは、茜ちゃんみたいに、明るくて元気な孫がよかったのかも……)


 どうしても眩しいばかりの二人と自分を比較してしまう。大好きなおばあちゃんの

顔もまっすぐ見られない。ぽそぽそと「行ってきます」を言って、一人で学校に向か

う。


 冬の空に動きはなく、低い雲がどんよりと立ち込めている。


 そのせいか、まふゆの考えはどんどん暗くなっていってしまった。


(おばあちゃんは優しいから、本当は嫌なのを我慢してわたしと一緒にいてくれるん

だ)


 こうなってしまうと、別に関係のないことまで悲しい考えの材料になっていく。


(お母さんも、わたしと一緒にいたくないから外国に行っちゃったのかな)


 お父さんとは、離れて暮らすようになってから、まったく会っていない。


 離婚してすぐ違う女の人と再婚したから、そっちの家庭を守るのに忙しいようだ。


(茜ちゃんだって優しいけど、わたしより仲のいい友達がたくさんいる……)


 まふゆは自分がひとりぼっちで、誰からも好きになってもらえない気がした。


 いつもは茜と二人で歩いている道が、なんだかやけに色あせて見えてくる。


 涙が出てくる前に、電柱のそばで立ち止まって、一人であのおまじないをかけた。


 両手で作ったお椀を、仮面のように顔にかぶせ、ゆっくりと五つ数える。


(……本当にお人形になってしまえたらいいのになあ)


 手をはなせば、願いは暗い空へ消えていった。


 そしてまふゆが学校に着くと、彼女の机の上にそれはドンと置かれていた。


 土にまみれた巨大なヒキガエルが。

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