2:隣の不良

第5話 大怪獣系男子

 囲井かこい 操真そうまというのが、その転校生の名前だった。


 前評判の悪さを上書きするような、立ち姿のすごさに、クラスはざわつく。


 名前の書かれた黒板の前で、彼がかったるそうに猫背を正すと、途端にそり腰になる。


 額から鼻筋にかけていかにも不穏な影がかかっているのは、単に顎の持ち上げ方の問題だろうか。極めつけは、その目つきの悪さだ。


 無感情そうな三白眼は死んだ魚のように濁っていて、蛍光灯の真下にいながら、一切の光の反射を受けていない。まるでブラックホールのかけらみたいだ、と、まふゆは思う。


 そんな中でも左手を頑なにポケットから出さない。本当にクルミかどうかはともかく、明らかに何かを握りしめる手の形だった。


 石か、ナイフか。それよりもっと危険なものかは、わからないが。


「静かに。……静かに」


 男鹿先生は、転校生の見た目よりも、クラスに落ち着きがないことの方が気になる。


 四角い顔に険しい表情を浮かべて、出席簿で教卓を何回か叩いた。


 目の前で失言を重ねた宮地はうなだれ、奈々子は気まずそうに頬杖をついている。


 茜は何を考えているのか、どこか興味深そうな顔で椅子にもたれていた。


 そして、まふゆはと言えば。


 こうしている今もなぜか転校生から睨まれ続けている。


(こ、怖い……)


 まふゆは、男子はみんな怪獣だと思っている。その怪獣代表の嵐山が『ヤバいやつ』と言ったなら、転校生はもはやゴジラ以上の大怪獣ということだ。


 まふゆは目を閉じて、いつものおまじないをした。


 ただの現実逃避とわかっていても、気持ちを落ち着ける役には立つ。


 五つ数えて顔を上げると、転校生の怖い顔とまた目が合う。


 だが、まふゆは持ちこたえた。お人形の気持ちでなんとか微笑をかえす。


 笑顔はともかく、その心の平和は一分ともたなかった。


「席は五鈴さんの隣です」


 男鹿先生がそう言って、囲井にまふゆの隣を示したからだ。


「はぁ~っ!?」


 小刻みに震えることしかできないまふゆの代わりに、不満げな声を上げたのは嵐山

だ。


 だが、男鹿は嵐山には答えなかった。


 それどころかこんなことを言う。


「五鈴さん、囲井さんはまだ教科書が届いていないので、一緒に見せてあげてください」


 嵐山が怒って立ち上がり、男鹿先生と何か言い合っている。


 だが、まふゆはもう、自分に向かってくる大怪獣、囲井少年しか目に入らない。


 背が高いからか、心なしか足音もずしん、ずしんと席に響いてくるように感じる。

「……夜露死苦よろしく


 横に立ってかけられたその一言が、本当にその当て字で聞こえた。


 まふゆは、操り人形のようにカクカクとうなずき返すほかなかった。

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