第4話 うしろ、うしろ!
コミュニケーション超人の茜と自分を比べて、まふゆは落ち込んだ。
だって、天と地ほどにもかけ離れている。
茜本人は『まふゆといる時が一番ホッとする』などと言うが、それは自分が子どもの頃から何も成長していないからではないだろうか。
中学に進学してから、まふゆはそう感じることが増えた。
周りと比べて体が小さいせいか、セーラー服の袖もやや余っている。
いつもおばあちゃんがまっすぐに切り揃えてくれる黒髪もかわりばえしない。
茜をはじめとするクラスメイトは「かわいい!」とよく褒めてくれる。だが、鏡の中の自分の姿は、まふゆには市松人形がそのまま大きくなっただけのように見える。
じゃあ市松人形のほうが小さくて手がかからないぶんかわいい。
まふゆはそう思うが、人形の方は気味が悪いらしい。まふゆにはその理屈が謎だ。
じゃあ「かわいい」という褒め言葉も本気にしないほうがいいように感じるのだった。
それに、まふゆの内面ときたらまったく進歩が見られない。
大人しいといえば聞こえはいい。だが実際には自分の意見を言うのが怖いだけだ。
発言すれば相手が気を悪くしてしまうように感じて、いつも黙ってしまう。
だから同じ小学校だった嵐山にさえ、一言も言い返せない。
両親が不仲になってしまった時から、そうだった。
まふゆは口下手ながら二人の仲を取り持とうとしたのだが、がんばればがんばるほど、いつも裏目に出てしまう。結果、今はみんながはなればなれだ。
そして、一度、会話で失敗すると言葉はますます出てこなくなり、また失敗する。
悪いループにはまって、どんどん悲しくなる。そして、あのおまじないができた。
(お人形の気持ち、なんて。ただの現実逃避なんだ……)
そうやって落ち込むたびに、まふゆはいつも思うことがある。
(いっそ、本当にお人形ならよかったのに)
お人形だったら、喋らないでいい。自分のダメさを嘆かなくていい。誰に迷惑をかけることも、心を乱すこともなく、ずっとほほえんで座っていられるのだから。
「まふゆ?」
教室に戻る途中だった。
茜から急に話しかけられ、考えこんでいたまふゆは我に返った。
反射的にいつものお人形の笑みを浮かべると、茜は軽く首をかしげて笑い返した。
「……転校生、どんな人だろうねえ」
まふゆの手を握り直し、茜は誰に話しかけるでもなく呟いた。
「あぁ、かなりヤバい感じの人らしいね」
「体の大きい人だったよ」
前を歩いていた奈々子と宮地が反応したのが同時だった。
タイミングの良さに三人は一斉に笑ったが、中でも大笑いしたのは茜だ。
「いや、ヤバい感じの人ってどんな人よ」
「そりゃ不良だよ」
「待ってよ。今日、転校してくる人の情報がなんでもうそんなに回ってんの」
「ちょっと前に職員室にいるところを、嵐山が見かけたんだって」
「嵐山の情報じゃ、ちょっと疑わしいなあ」
「でもミヤさんは実際に顔を見たんでしょ」
「えっ本当に? じゃあ男子なのは確定なんだ」
「ねえ、どう。ヤバそうなやつだった? 不良?」
「う、うーん。そうねえ……」
優等生の宮地は言いよどんでいる。
茜に手を引かれたまふゆは、自分たちの後ろに二つの人影が歩いてくるのを見た。
一人は老眼鏡をかけた、担任の男鹿先生だ。
残るもう一人の姿に、まふゆはどきっとした。
「確かに、男子にしては髪は長かったかな。前髪を後ろに持ってってお団子にしてい
た」
「おおっ。やんちゃしてそう」
男鹿先生の隣にいる男子が、その転校生だと、まふゆにはすぐわかった。
髪型がまさにそんな感じだったからだ。
中途半端に伸びた髪を、いかにも雑に輪ゴムでくくっている。
「それでね、背が高いんだけど、なんだか猫背で」
「ええ? うちらと同い年だよね。茜より大きいのかな?」
見ると背の高い男鹿先生の肩あたりに頭がある。
茜も中一にしては身長が高いが、おそらく彼は猫背な分、もう少し大きい。
つまり、背の低いまふゆにとっては巨人も同然ということだった。
「それでね、なぜかカーディガンのポケットに、ずっとこうやって左手を入れてる
の」
「不良に決まりだ! そのポケットには、クルミが入っているんだ!」
「えっ、石とかナイフじゃないの? なんでクルミ?」
「茜は知らない? 昔の不良ってさ、いつも片手でクルミをいじってるんだよ」
「私も図書室のマンガで見たことある。あれ、なんでなんだろうね」
後を歩いてくるベージュのカーディガンの少年は、左手のポケットに手を入れたま
ま、鋭い目つきでまふゆを睨みつけている。
茜も友達二人も悪気などまったくない。
だが、状況としては、転校生の目の前で悪口を言っていることになる。
まふゆは気が遠くなった。額に粒の小さな汗が次から次へと浮かぶ。
(ど、どうしよう)
そう思った瞬間、少年が、青筋の浮かんだその首をポキッと音を立てて真横へ曲げ
た。
どう見たって怒っている。
まふゆはぞっとして、この危機に気づいてもらおうと、茜の手を必死にひっぱっ
た。
だが茜ときたらまるで気づかない。ただ、まふゆの手を握りかえすばかりだ。
教室の前に着いてなお、三人はまだしゃべりつづけていた。
「マジでウケるんだけど。あとは口に草でもくわえてたら、もうカンペキに不良だっ
て」
「不良というか、もはや不良のコスプレだね」
「うーん。さすがに草はくわえてなかったと思うけど……」
とうとう、真後ろまで来た男鹿先生が、大きく咳払いをした。
三人はやっと振り返り、先生の隣に立っている転校生を見る。
まふゆは細いため息をついた。
転校生は、口に草はくわえていなかった。
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