第3話 コミュニケーション超人
教室から連れ出してくれた茜の手は温かい。
はじめは茜がまふゆの手を握り締めていたが、人気のない西階段に着く頃には、まふゆの方からもしっかりと茜の手を握り返していた。
「はぁ……」
階段の一段目に並んで腰を下ろし、まふゆは深い息をついた。
ずっと息を止めていたのだ。茜と二人きりになるまで自分でも気がつかなかった。
「ごめんね、茜ちゃん……」
「なんでまふゆが謝るの」
蚊の鳴くような声で謝るまふゆの背中を、茜は優しくさすった。
守られるばかりの自分が、情けなくて仕方ない。
まふゆは編みぐるみで顔を隠すように弱弱しく首を振る。
「ちゃんと言い返さなきゃって、いつも思うのに……」
「怖くて声が出なくなっちゃうんだよね。知ってるよ」
嵐山軍団に絡まれるのは今日が初めてではない。
小学三年生の時から、中学一年生に至るまで、ずっとだ。
まふゆは黒いタイツをはいた両膝を、じっと見下ろす。
もう季節は冬になろうというのに、まふゆはここまで一言も言い返せずに来た。
「気にしないで。まふゆが相手したら嵐山のアレはもっとエスカレートすると思うし」
茜は、自分より頭一つぶん低いまふゆのつむじに、こてんと頬を寝かせた。
「嵐山はね、まふゆと仲よくなりたくて、昔からあんなバカなことしてるのよ」
茜はそうつぶやいて、ひとり、わけ知り顔なため息をつく。
「まったくの逆効果なのにね……」
本当に逆効果だ。あんなのと仲よくなったらどんな目に合うのかと、まふゆは怯えた。
かたかた震えだす幼馴染を、茜は思いやるように見下ろした。
「……だけど、まふゆの無視の仕方は徹底しててすごいと思うよ」
見せて、と片手を振られて、まふゆは作りかけの編みぐるみを茜に渡す。
嵐山軍団はまふゆをオモチャにするだけで、ケガをさせたりはしない。
そのせいで一緒に遊んでいるだけ、という言い訳もされてしまうのだが。
多くのちょっかいは、手元に集中していれば過ぎ去るようなことばかりだ。
そう気づいてから、まふゆは折り紙や裁縫にのめりこむようになった。
手が小さいせいか昔から細かい作業は得意だったが、嵐山軍団に絡まれるようにな
ってから作れるものの種類が一気に広がった。
このことも、まふゆが嵐山に強く出られない理由の一つとなっている。
怖くて仕方ないのは確かだが、迷惑ばかりを受けているとも言いがたいのだ。
編みぐるみを見た茜は首をかしげた。
「ふむ。茶色いネズミ?」
「クマ……」
「えっ……ごめんごめん、ええ、でもホントに?」
茜は目を丸くして、耳の大きすぎるクマを触りまくった。
取りつくろう気がまったくない様子に、まふゆは少し笑ってしまった。この素直さに、昔からいつも助けられてきた。甘えてしまっていると言っていいくらいだ。
だが、まふゆと違って、茜には他にもたくさん友達がいる。
こうしている今も、西階段の踊り場までクラスメイトが二人で探しに来るくらい。
「茜ぇ。何してんの、こんな所で」
「見てわからんか。まふゆエネルギーをチャージしているのだ」
「学校で堂々といちゃつきやがって……」
「ここだと寒いでしょう。早く教室に戻っておいでよ」
ついでに、まふゆのこともチラッと見るが、こちらが緊張していることを見てとると、すぐに視線を外してくれる。女子と接する方が気楽だと、まふゆはつくづく思う。
男子とは恐怖のあまり目も合わせられないが、女子とはまだ視線で会話できる。
言葉での会話は、というと、その女子とさえおぼつかないのだが。
おそらく物言わぬお人形に馴染みすぎたせいだろう。
まふゆは茜がほかの女子と交わすようなテンポの速い会話にうまくついていけない。
返事を考えていると、話題が次に移っていることが多い。聞くだけなら問題ないのだが急に話を振られると、いつも黙りこんでしまう。
その点、茜は本当にすごい。
「しょうがないわねえ。ミヤはあたしがいないと寂しくてしょうがないんでしょ」
「違います。今日は転校生が来るんだから、みんなでちゃんと揃ってないとね」
「つーか茜ぇ、借りたCD返すわ。チョー良かったー」
「でしょー。私、ナナコと音楽の好みは完全に一致してるから」
「えぇ、ホントかよ……。ねえミヤさんも聞いてみてくんない?」
友達二人との会話を同時にさばき、かつ、会話に混ざれないまふゆが寂しくないよう、ずっと手を握ってくれている。
茜は、クラスメイトみんなと友達だった。
問題児の嵐山、優等生の宮地にギャルの奈々子、果てはオタク系男子の鎌田まで。
茜と友達か尋ねられれば、みんな「うん」とうなずくだろう。
なにしろ、周りから孤立しがちなまふゆとさえ、茜はなかよしなのだから。
茜は、まさしくコミュニケーション超人なのだ。
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