第2話 男子が、怖い
男子が、ものすごく怖い。
中学一年生になったまふゆの、目下の悩みはそれに尽きる。
怖いだけなら今に始まったことではない。中学に上がってからものすごく、怖い。
転校してきた小学三年生の時からまふゆは男子の奇行に悩まされてきた。
とにかく強引で意味不明で、やることなすこと荒っぽい。しかも下品だ。
弟が二人もいる茜に言わせれば「女子でもヤバいやつはヤバい」らしいが、まふゆにはとてもそうは思えない。もはや同じ人間なのかさえ疑わしい。
たとえば小学校のクラスメイトに、休み時間、急に服を脱ぎだす男子がいた。
この時点で、なんでそんなことをしはじめるのかもうわからないのに、そいつがどうも自分のほうに向かって走って来るのだ。
しかも彼には謎のカリスマがあり、つられて五、六人の男子がまふゆを追ってくる。
つかまると、どうなるか。わーっしょいわーっしょいと胴上げされてしまう。
小さなまふゆにとって、これは本当に恐ろしいことだった。
目を開けたまま悪い夢でも見ているのかと思う。
当然、身動きはとれず、おまじないだってできない。
ただただ、まふゆは怖かった。
さすがに中学校に上がれば、そんなに意味不明なことはもうしないだろう。
まふゆのささやかな期待は、しかし、無残にも打ち砕かれた。
現在、雪国中学校の、一年二組の教室。
窓際の席にぽつんと座るまふゆは、あの男子たちに取り囲まれていた。
彼らはなぜか、まふゆの頭の上でしりとりをしている。
この時点でものすごく怖いのに、なぜか彼らは下ネタばかり言う。
まふゆは、もう、大パニック。交わされている言葉のほとんどが聞き取れない。
「ウ●チ!」
「ち●こ!」
「コーラッ●!」
「クソ!」
この四連鎖でどっと笑いが沸き、同時にちらちらと自分の様子をうかがっている気配を感じる。まふゆにはもう、彼らは自分が泣くのを待っているとしか思えない。
まふゆは、家にいるたくさんのお人形たちから、ポーカーフェイスを学んだ。
だから気持ちが表情にあらわれることはめったにない。
しかし今、ヒーターの効いた教室で、彼女の白い肌は脂汗でびっしょり濡れている。
少しでも気を抜いたらもうおしまいだ。
泣いて逃げ帰り、そのまま家から一歩も出られなくなる気がする。
だからまふゆは、震える手元になんとか集中しようとしている。
かぎ針で作っているのは、毛糸の編みぐるみだ。
作っているのはクマのはずなのだが、さっきから延々と丸い耳を編み続けているせいでバランス感がまるで定まらず、なんだかネズミみたいになっている。
だが、手を休めるわけにはいかない。まふゆは嵐が収まるのを待つ小動物のような思いで、この混沌とした現状になんとか耐えていた。
そして、どんなに恐ろしい嵐も、いつだって輝く陽光が吹き飛ばしてくれる。
「ちょっと嵐山、アンタいい加減にしな!」
「出たな、茜。そっちこそ、お呼びじゃねーんだよ」
茜が声をかけると、リーダー格の嵐山がツンツン頭をさらに尖らせて応じた。
「あのねえ!」と茜は腰に手をついて言った。
「まふゆが怖がってるから言ってるの。バカなちょっかい出すのはもうやめなよ」
「はぁ~? オレらはただ、まふゆと遊んでるだけなんですけど?」
「まふゆ『で』遊んでるの間違いでしょ」
「それは茜の感想ですよね。なあ、まふゆ。オレと遊ぶのは楽しいよな!」
楽しいわけがない。だが、話しかけないでほしいまふゆは、反射的に身を縮めた。
返事がないとみると、嵐山はチッと不機嫌そうに舌打ちした。
「おい、またシカトかよ」
さすがにもう裸になって駆け回ることはないが、仲間をしきるカリスマは健在だ。
彼の舌打ち一つで、まふゆを取り囲む男子数人が一斉にからかいの声を発する。
「かわいい顔して、いっつもつれねーなあ。五鈴さんは」
「実は本当にお人形なんじゃないか?」
「無口だし」
「体も小さいしね」
「それとも座敷童かな?」
「はいはい、低レベル。行こう、まふゆ!」
たった一言で男子たちの声を切り捨てて、茜はまふゆを席から連れ出した。
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