まふゆはお人形がいいのに。
春Q
1:お人形の気持ち
第1話 まふゆと茜
両手でお椀のかたちをつくる。
目は開いたままでも閉じてもいい。ただ、その手をぴったりと顔に合わせる。
まふゆはそのまま、心の中で、ゆっくり五つ数える。
(ひとーつ、ふたーつ、みーっつ)
すると、ざわついていた気持ちが、少しずつ落ち着いていく。
(よーっつ。……いつつ)
静かに手を離せば、まふゆはすっかりお人形の気持ちになっている。
大きな瞳をかすかに伏せ、小さな口元は緩み、日本人形そっくりな淡い微笑が浮かぶ。
それが、
悲しみは消え、恐れはなくなり、時には空腹さえおさまってしまう。
小学生の頃からそうだった。
幼馴染の茜にも、一度試してもらったが、効き目が出なくて不思議だった。
「あたしにはまず、お人形の気持ちっていうのがわからないなあ」
そう首をかしげた時、チョコレート色の短い髪に、銀の髪留めがとろけそうに光ったのをまふゆは覚えている。
二人は、西日が射し込むまふゆの部屋にいた。家にたくさんあるお人形と、茜が持ってきたぬいぐるみとで、ごっこ遊びをしていたのだ。
まふゆは、その頃から茜とばかり遊んでいた。
家が近かったのはもちろん、一緒にいて一番、気が楽だったからだ。
茜は明るくて素直な性格だが、考え方が大人っぽい。
一方、まふゆは物静かで大人しい。
大人っぽい茜と大人しいまふゆは、一緒にいても絶対にケンカにならないのだ。
引っ込み思案なまふゆは、面倒見の良い茜にひっぱってもらうのが好きだった。
茜のそばにいると、いつもより自分の意見を言うことができるのだ。
「あのね、お人形の気持ちって、とっても平和なの」
おまじないについて打ち明けたのも、茜は絶対にバカにしないとわかっていたからだ。
まふゆは、たどたどしい言葉で説明した。
「お人形って、何があっても驚いたり怖がったりしないでしょう。だって物だから戦ったり、怒ったりしなくていいし」
「うーん……」
まふゆの気持ちはなかなか茜に伝わらない。まふゆは畳の部屋でうつむいてしまった。
「やっぱり、わたしって変なのかなあ」
「変わってる、とは思う……」
お人形を膝に引き寄せて、まふゆは黙り込む。
そのお人形というのも着物姿の市松人形だ。他の近所の子たちは「呪われそうでイヤ」、「気味が悪い」などと言う。
だが、茜だけはそういうことを絶対に言わなかった。
「でも、まふゆはしんどい時も、一人で工夫をして耐えてるんだなあって思ったよ」
茜の素直な言葉に、お人形そっくりなまふゆの目から、ぽろっと涙がこぼれた。
膝に抱いていた本物のお人形の髪を伝い、頬を流れる。
それが茜には、大小ふたつのお人形が急に泣き出したように見えた。
びっくり仰天して、まふゆとお人形二つのおかっぱ頭を両手で「うわーっ」と撫でる。
撫でられたまふゆは、なんだか気が抜けて笑ってしまった。
しんどい時はカラオケで思いっきり歌うのが一番、と教えてもらったのは、この時だった。
まふゆも、お父さんとお母さんが離婚する前にそれを知っていたら、こんな一風変わったおまじないを生み出さなかったのかもしれない。
でも、家族がみんなバラバラになり、田舎のおばあちゃんの家にひとり身を寄せることになった時は、カラオケに行くなんてとても思いつかなかった。
(おばあちゃんはいつも優しいけど、寂しいからって泣いてばかりいたら困らせてしまう)
古い日本家屋で、まふゆのお手本になったのは、たくさんのお人形達だった。
まふゆは知らなかったが、亡くなったおじいちゃんは腕の良い人形作家だったらしい。
家には、おじいちゃんが作ったお人形はもちろん、研究と趣味で買い集めたお人形たちが、たくさんいた。
種類は和洋問わず。木や布、樹脂など、材質もさまざまだった。
しかし泣いているお人形は一つも無い。
その多くは、かすかに憂いを帯びた、柔らかな微笑を浮かべている。
おまじないを通して、まふゆはそんな表情を身につけることに成功した。
これでもう、並大抵のことには動じない。
お人形の気持ちは、まふゆに平和をもたらしたのだ。
もっとも、その平和は長く続かなかったのだが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます