一回戦

「41.935456…… 42.157458…… 41.954743…… 適温だな」

 僕は湯船に指を突っ込みながら温度をはかる。

 右腕を最強にするという事は、つまり感覚も最強になったという事だ。

 指はかすかな風の動きを捉え、熱は発生源から詳しい温度の変化まで伝わる。


 僕は朝風呂に入ろうとしていた。

 一昨日は家に帰った時はすぐに寝てしまい、昨日は禁欲を強制され……

 そうして、ムラムラして一睡もできなかった訳だ。

 こうなったら目を覚ます為に、風呂に入るしかない。


 そして、湯船につかり身体が温まった所で……


「おはようございます。 皆様はよく眠れたでしょうか? 」


 ホテルの館内放送からトニックの音がした。

 眠れたわけがねぇだろ……


 風呂から出て、ロビーにやってきた。

 周りには他の参加者が居て、これから何が起きるか心配そうにしていた。


「みんな~静かにしてね、これから戦いのルールを説明するよ」


 ソーダが元気よく手を振る。


「これから皆には、数字と場所が書かれたクジが配られるよ。 同じ数字の相手とその場所で一対一でゲームする事になるよ!!」


「昨日、申し上げた通り。 もし死んだとしても、戦いが終わった後になれば、勝敗に関係なく治療され、戦闘前と同じ健康状態に戻ります」


「私が治してあげるよ!!」


「ただし、敗北すれば皆さんの大切な物が一生禁止されます」


「じゃあ、クジを配るね!!」


 黒服が周りの人たちにクジを配り始めた。


 そして、僕の元に届いた紙を開くと『45 場所:水族館』と書かれていた。

 水族館で戦う、相手はどんな人なのだろうか……


「45番の人、誰ですかぁああ!!!!!!!」


 背後から大きな声がした。

 この声は聞き覚えがある。

 振り向くと、昨日からあげに手を伸ばし、もがいていた少女がそこに居た。



 黒服の案内で、僕とその少女は水族館につれてこられた。


「ここにあるものは全て自由に使ってください」


 黒服が言う。


 僕は大きな水槽を見た。


「魚はいないようだな」


「はい、魚も死んでも治せる能力者は居るのですが。 無関係な生き物を苦しめるのは心を痛めるため。 一旦別の水槽に避難させてあります」


「なるほど」


 水槽から目を話して少女の顔を見た。


 昨日の反応からして、禁止されたものは『からあげ』だ。

 さて、ここで問題だ。

 からあげに関連する能力ってなんだ……


「ピンポーンパンポーン」


 水族館の館内放送が鳴り響いた。


「聞こえるかな? 私は実況のソーダ!! そして!!」


「解説のトニックです」


「この戦場に居る二人を紹介しよう!! まず、男性の方は擦田扱指選手。 見た目は可愛いけど禁止されたものは可愛くない!! そして、少女の方は上空翼選手(ウワソラ ツバサ)。 これは禁止されるとまぁ、辛いぞ~!!」


「これから二人には能力を使った戦闘をして頂きます。 死亡、気絶などで戦闘不能になった方の敗北となります。 何度も申し上げますが、死んでも治しますので遠慮せず戦ってください」


「では、3カウントで戦闘スタートね!!」


「「3…… 2…… 1…… ゼロ…… ゼロ…… ゼロ……」」


 トニックとソーダは無意味に「ゼロ」を繰り返して、戦闘が開始された。


 翼と呼ばれる少女の顔をしっかりと見る。

 自分の能力的には、近づいて殴るのが一番だと思う。

 しかし、相手の能力がわからない限り不用意に近づくのは危ない。


 僕は、足元に置いてある消火器を掴み。

 最強の右腕でぶん投げた。


 その瞬間、白い液体が突如現れて、少女を消火器から守った。

「なんだ、あれは……」

 僕は思わずつぶやいた。

 今目の前で起きた不気味な光景を見て、自分の呼吸が乱れていくのを感じる。

 そして、ゆっくりと胸を撫でて。

 少女の方を見た。


「物がぶつかった瞬間固まった…… まさか、片栗粉を操っているのか」


 僕はつぶやいた。


「そちらこそ、その右手、かなりの筋力だね」


 上空は僕に対して微笑んだ。


「おっと、お互いに能力を突き止めたぁああああ!!」


「『からあげ』にちなんだ能力と言われて、真っ先に思いつく能力は『熱を操る能力』『油を操る能力』などが挙げられますが。 上空の能力は『片栗粉を操る能力』 あれは片栗粉を水で溶いた物です」


「え? 片栗粉を水で溶いた物って言っても液体だよ。 それで壁を作って飛んでくる鈍器を止められるの? 」


「水に溶かれた片栗粉は強い衝撃を受けると固まる『ダイラタンシー現象』と言う現象を引き起こす事が出来ます」


「片栗粉の入った水の上で素早く足を動かすと、水の上で走れる現象かな?」


「はい。 その現象によって液体を固めて消火器から身を守ることが出来たわけです」


 館内放送が僕達の代わりに今起きたことを教えてくれる。

 いったい、誰が見てるのだろうか?


「そっちの攻撃が終わったなら、次は私が行くよ!!」


 翼はニカッと笑う。

 そして、バレーボール程の片栗粉の球を操り僕の顔に発射した。


「うわ!!」


 僕は慌てて右手で片栗粉を弾こうとしたが、液体に変化し、指の隙間から僕の顔にめがけて浸食しようとしてきた。


「私はからあげを失うわけにはいかないんだ!! すぐにでも鼻と口を防ぎ窒息死させてやる!!」


 翼は声を荒げ、片栗粉をジワリジワリと浸食させていく……


「片栗粉を弾けないのは液体だからだ。 解決方法はある」


 僕は右手を素早く動かし片栗粉を四方八方から叩いた。


「おーっと!! 擦田選手!! 片栗粉を四方八方から叩き始めたぞ!!」


「ダイラタンシー現象を逆手に取りましたね。 固体にしてしまえば掴めるうえに、ベト付くこともなくなります」


 片栗粉が液体から完全に固体になった事を確認した後、液体に戻る前にドッジボールを投げる要領で片栗粉の球を翼にぶん投げた。

 僕の右腕の速さでしか出来ない芸当だ。


「パァン」と音が鳴った。

 翼の目の前に片栗粉の壁が出現し、先ほど投げた片栗粉から身を守っていた。

 どうやら防御用の片栗粉も用意していたらしい。

 翼の頬には汗が流れ、そのまま床に落ちた。

 そして、身体を震わせて構えなおした。


「なんで、からあげの為にそんなに本気で戦えるんだ? 」


 翼の様子を見て、僕は思わず聞いてしまった。


「私の母さんが作ってくれるからあげは世界一なんだ…… 熱い夏の日なのにも関わらず二度揚げしてくれる。 スナック菓子のようにカリカリとした衣に包まれた肉のジューシーさ。 それが二度と食べられないと思うと、胸が張り裂けそうになる!!」


「…………」


「人に聞いておいて、自分が禁止された物について言わないのは失礼なんじゃないか? お前の大切にしていた物はなんだ」


「僕の大切にしていた物はオナ………… あ、え、いや」


 翼の質問に僕は言葉を詰まらせた。


「おな………… 何? 」


 ほぼ答えを言い、翼は首を傾げた。

 そして、今の発言から察したのか翼の顔がだんだんと赤くなっていった。


「ばっ!! バカじゃないの!! はぁ? まさかアレがお前の大切な物なの? そんな理由なら負けてしまえ!!」


 翼は怒鳴り、片栗粉の粉を空中に浮遊させた。


「粉塵爆破させる気か!!」


 僕は息を飲み込み周りを見渡したが、火元になるものは無かった。

 しかし、周りを見渡しているうちに彼女の意図が分かる。

 片栗粉が目に入り、あまりの激痛にまぶたを閉じてしまった。


 視覚を奪われた。


 恐怖でだんだんと鼓動が速くなる。

 このままでは、次の敵の攻撃で負けてしまう。

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