第4話 人型機動兵器

「――来ます! データ照合メビウスの部隊、数はおよそ百五十!」

「性懲りもなく来るか……WDM、出撃だ!」

「戦闘機隊は無理はしないでください! ヴァッフェリーゼSシュッツェン装備は前面へ。アングリフ装備はSシュッツェン装備隊の後方へ」

フリンク装備は待機。接敵したらかく乱に移れ」

「「「了解……!」」」


 ――『メビウス』による最初の襲撃から五年。地球圏は戦火に包まれていた。


 宣戦布告のあったあの日より、メビウスと名乗った『敵』は言葉通り地球圏へ幾度も攻撃を仕掛けてきていた。

 最初の一年で築き上げた八つあった居住スペースは地球の近くにあるグレイスⅠとフェルゼ本社のあるグレイスⅢ以外は全て廃墟と化してしまっていた。

 

 すでに劣勢を強いられていることが分かっていた各国の政府は、地球から離れているグレイスから人間を撤退させることを決定。しかし、降伏は満場一致で拒否。

 地球を明け渡そうという国は無かった。

 生き残ったWDMを再編し、スッダーとオールトーの進言によりフェルゼにてヴァッフェリーゼ開発と素材となる金属の生産拠点の作成を提案。急ピッチでグレイスⅠに工場建造が開始された――


「レーダーだけに頼るなよ。……野郎、何度来ても追い返すまでだ! 凌空リクお前は無理をするな」

「了解です! ……行くぜ!」

<神代さんは初出撃なので無理をしないようにお願いします>

「おう、見ててくれよ若菜ちゃん! 親父さんの形見で奴等を討つぜ」

<……>



 ――地球製人型兵器であるヴァッフェリーゼが完成するまでの間、地球の戦力は航空隊と戦艦のみ。

 グレイスを放棄したことにより戦線が地球ギリギリにまで下がってしまったがそれは作戦の一つだった。

 防衛範囲を極力小さくすることで残った戦力でも反攻作戦ができるようにするためだった。


 戦いは熾烈極めた。

 

 それでも回収した装甲をエルフォルクが解析。フェルゼ本社と各国が専用武器の開発を進めてメビウスの人型機動兵器にダメージを与えられる火器を戦闘機に積むことにより、半年でなんとか追い返すことができる程度にはなった。

 しかし、最初の一年で戦力の六割を減らすことになり、人的被害は考えたくないレベルだった――



「こいつを食らいな……!」

「装甲をぶち抜いてやる!! トラッシュグレネードだ、受け取れ」

『なんだと……!? 地球人が!』


 ――そして一年と四か月。

 ついにヴァッフェリーゼのプロトタイプが完成。メビウスほどの高性能とまではいかなかったものの、実戦投入した初戦はそれなりに戦果を上げることができたのだった。


「よし、効いているぞ! Sシュッツェン装備隊、畳みかけろ!」


「よくもグレイスを破壊してくれたな……! 弟の仇だ、死ね!」


 ――さらに改良を重ねた五年。

 今まさにメビウスを圧倒するほどの戦隊が出来上がっていた――


◆ ◇ ◆


「……見事なものだ」

「犠牲は多かったですが、形になって良かった。これもスッダー総司令官のおかげです」

「よしてくれ。私はたまたま生き残っただけに過ぎん。ヴァッフェリーゼアレをここまでにしたのは君とフェルゼ・ゼネラルカンパニーのおかげだ」

「それも、たまたまですよ……。死んだ同僚が残してくれたデータのおかげなのですから」


 同僚の名は高柳 真司。

 彼はシャトルが攻撃されると予測し、自身の端末からエルフォルクの端末へ研究データの転送を行っていた。

 全てではなかったものの、特に重要な操縦系統プログラムが送られてきたのは僥倖だった。

 そのおかげで一年と四か月という短い期間でプロトタイプまでこぎつけたのだ。


「……オペレーターのタカヤナギ君はその同僚の娘さんだそうだな」

「ええ。シャトルが落とされた日に『またね』と別れたそうです」

「そうか……」


 スッダーは帽子の位置を直しながらモニターに目を移す。あの日、絶望に満ちた映像ではなく――


「くたばれぁぁぁ!!」

「地球は渡さん……!!」

『こ、こいつら……!? うぉあぁぁぁ!?』


 ――地球側の勝利が写されていたからだ。


「……これで、ようやく散った者達が報われたな……」


 スッダーが一人呟くと、通信が流れてくる。


<なにを言うか。これからだ。奴等を根絶やしにせねばならんのだぞ? 総司令がそんなことでは困る>

「オールトー将軍か。見事、敵を撃退してくれたな、ありがとう」

<……ふん。貴様のためではない。地球のためだ>

「フッ、そうだな」


 通信でそんな話をしていると、エルフォルクも微笑みながら口を開く。


「オールトー将軍の言う通りですよ。二日後には新型のテストが行われます」

<新型か。聞いていないが>

「秘密にしていたわけではないのですが、なにせ人手も材料も不足がちなもので。話す機会がなかっただけです。ただ、その新型が完成すればもう少し宙域の戦線拡大と新たにグレイスを建造できる可能性があります」

「企画にあった戦闘型のグレイスか。確かにWDMの戦力をまとめるのは危ないからな」

<勝つためならどんなことでもやるべきだろう。エルフォルク技師、期待している>

「はい。それでは戻ります。勝利、おめでとうございます」


 エルフォルクはそう告げて指令室を後にする。その手にある端末には新型のデータが映し出されていた。


「テストパイロット……誰にするか。ん? この男は――」



◆ ◇ ◆



「ふう……ふう……」

「お疲れさん、凌空。生き残ったな」

「隊長……。ええ、なんとか。それにしても凄い機械ですねこいつは」


 俺、神代 凌空はメビウス初戦闘を終えてグレイスへと戻ってきていた。死ぬつもりは無かったけど、現場では生きた心地がしなかった。

 それくらいシミュレーションと実戦に差があった。


「五年前には奴等だけが使えた。俺も戦闘機で参加していたが、戦力差は2:8で地球が不利。正直……負けると思っていたよ」

「俺が高校生のころ襲ってきたんだよな……。地球にいた時はWDMに入るとは思わなかったけど」


 父さんも母さんも地球に居る。

 けど俺は高校を卒業すると同時に、志願者を多数募っていたWDMに入隊した。

 理由はそれほど難しくなく、金が欲しかった。それだけだ。

 俺には十九歳になる妹がいるんだけど生まれつき身体が悪く、手術に金が必要だったから。

 まあ、もう一つあるんだが――


「凌空さん」

「んあ? おお、若菜ちゃん! 制服、似合っているな」

「ありがとうございます。その、無事で良かったです」

「なんだ、彼女か? オペレーターとは新人の癖に生意気だぜ! この!」

「や、やめてくださいよ隊長!? そういうのじゃないから!」

「ふふ、これ差し入れ! まだ仕事があるからまた」

「おう」


 ……彼女は高柳若菜。俺の妹の親友で、五年前の『メビウス』襲撃の際、父親が奴等に殺された。

 母親はショックで寝込み、最近……亡くなった。彼女は父親の仇討ちの一端になればと、俺と一緒に一年前、WDMへ志願したというわけだ。


 正直、今の地球圏は若くても歳を食っていても奴等メビウスと戦える人間誰でも入れている。もちろん試験やバックボーンは調べられるけど。

 逆に言えば一年ほどでもしっかり訓練をすればこの人型兵器『ヴァッフェリーゼ』に乗ることもできるくらい人材が少ないのが現状だ。


 俺は一番危険だが金回りはいいパイロット。若菜ちゃんは適正が無かったのでオペレーターとして働いている。

 今日が初陣だった俺とは違い、彼女はすでに半年前から現場に入っていた。


「これから……だよな」

「ま、お前なら大丈夫だろ。シミュレーションではトップの成績だったんだろ?」

「はは……。まあ、ゲームは昔から好きでしたし、ね」


 ロボットゲームの全国大会に優勝したことはある俺。

 だが実戦とは比べ物にならないくらいあっちは楽だ。命のことを考えずにだけ。

 こっちは失敗すれば死ぬんだからな。


「さ、シャワーを浴びて飯食って次に備えるぞ。我等フォンケン隊は誰も欠けずに守り抜くぞ!」

「「「おおー!!」」」


 そんな初陣は勝利で終わり、ホッと胸を撫でおろした。

 

 そして俺はその後『メビウス』が現れる度に出撃し、生き延びることができた。

 

 だが、一か月が経ったころ、別の指令が下ることになった――

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