第14話 突然の訪問者

 僕はまたタイミングを外してプレゼントを渡しそびれることがないように、アウトレットで買ったプレゼントの包みを結菜の手に握らせた。

 気に入ってもらえたようで、すぐに身に着けようとしてくれた。つけてあげると、僕も同じバングルを身に着けていることに気づかれてしまった。恥ずかしさでうつむくと、結菜から小さな包みを手渡された。


 開けると中にあったのは深いブルーのカフスボタンだ。お店での僕を素敵だと言ってくれて、その言葉に舞い上がっている自分がいる。

 結菜はバングルをつけた手を空に掲げて嬉しそうな顔でそれを眺めているけれど……。


 初めて送って行った日のようにジャンプするほどは嬉しくないのかと思い、そう聞いてみた。

 見られていると思わなかったと、両手で顔を隠して恥ずかしがる姿が、本当にかわいらしくて愛おしい。

 その手首をつかんで引き寄せると、そのままキスをしてしまった。


 周囲はいつの間にかカップルでいっぱいだったけれど、みんな夜景に夢中で誰もこちらを見ていないようで安心した。


 改めてつき合うといっても、日常はそう大きく変わることはなかった。

 バイトやレポートで会う時間は減ったけれど、結菜は変わらず空いた時間に店を訪ねてくれる。

 春や夏の休みには、一泊で旅行に出かけたり、和馬たちとも一緒に遊びに出かけた。どうやら結菜は、和馬の彼女の冬子と仲良くなったようで、僕たちを置き去りにして二人で出かけてもいるようだった。


 あっという間に僕たちは三年になり、今まで以上にあれこれと忙しくなったけれど、結菜と過ごす毎日が、ただ幸せだった。

 父が現れる、この日までは。


「爺さま、ただいま」


 この日は朝から結菜と出かけていた。映画を見てから遅いランチを済ませ、夕方になって帰ってくると、店のカウンターに父の姿が見えて驚いた。

 結菜とつき合っていることを悟られてはいけないような気がして、僕は結菜を背中に隠した。


 恋人か、と聞かれて学校の友だちだと答える。体中から汗が噴き出しているんじゃないかと思うほど、緊張した。


「悠斗。さっき和馬が来て、慧一の家で待っているそうだ。なにか用があるみたいだから、早く行ってやりなさい」

「あ……うん。わかった。ゆ……広瀬さん、行こう」


 爺さまは僕の不安を察してくれたんだろう。今日は慧一も和馬も出かけていることを知っているはずだからだ。

 結菜を促すと、できるかぎり急いで店を離れた。

 川沿いの公園まで来てベンチに腰をおろすと、結菜が困惑した様子で慧一のところへ行かなくていいのかと聞いてきた。


「今日は慧一は学校の用で他県に出てるよ。和馬は冬子と東京だからまだ帰ってない。爺さまが気を利かせてくれたんだ……」


 もっと早くに結菜には話しておくべきだったのかもしれない。話せなかったのは僕の弱さだ。


「結菜には話していなかったんだけど、僕の母親は僕を産んだときに亡くなっていてね……」

「……うん」

「父は仕事もあるし、一人では僕を育てられなくて、しばらくは祖父母と一緒にあの店で暮らしていたんだ。僕が幼稚園に上がる前に祖母も亡くなって……父は仕事で東京で暮らして……それから僕は爺さまと二人で暮らしてきたんだ」


 結菜は僕の隣でうつむいたまま、黙って聞いている。


「父は月に二度は帰ってきてくれたけど、小学生になったころ、夜中に爺さまと二人で話しているのを聞いてしまった。僕は母親似で、僕を見ると母を思い出して辛いらしい。僕をみると、僕さえ産まれなければ、母はまだ生きて父の隣にいたはずだ、って……もちろん、二人は僕がそれを聞いていたことは知らない。でも、それから父はほとんど帰って来なくなったよ。僕自身、こんな話しを聞いて父に会うのは怖かったし……それからは、さっき会うまで、顔を合わせたのはほんの数回だ」

「でもそれは、全部どうしようもなかったことじゃない? 誰のせいでも、悠斗のせいでもないじゃない……」

「うん……でも僕はこれまで誰かと幸せに過ごすことを考えてこなかった。誰かを幸せになんてできないと思っていたし、なっちゃいけない気がしていた……結菜に会うまでは、ずっと避けて通って来たんだ」

「だけど、悠斗の人生とお父さんの人生は別でしょ? 私は悠斗と一緒にいて幸せだよ? それは駄目なの? いけないことなの?」

「……父さんの一番大切な人を奪ってしまったのに? 僕だけが幸せになっていいと思う?」


 結菜は黙ったまま僕を見つめている。確かに僕も結菜といると本当に幸せだ。ただ、僕はそうでも結菜はどうなんだろう。僕は結菜を傷つけてしまうかもしれないし、もしかすると父さんが――。

 結菜は僕と別れたほうが幸せなのかもしれない――。


 そう言いかけた瞬間、言葉を遮るように結菜に抱きしめられた。僕じゃないと駄目だと、嫌だと、愛していると言ってくれた。ほかの誰かを好きになんかなれないと、今まで見たことがないくらい泣きじゃくっている。


『もう切り離して考えていいころだと思うよ。おやじさんのことと、悠斗のことはまったく別の話しなんだから』


 慧一の言葉を思い出した。

 こんなにも思ってくれている結菜を、僕が守らなくて誰が守るんだ。

 本当に自分が情けなくて不甲斐なくて泣けてくる。


「いつも本当にごめん。急に父さんが来たから、僕は……僕も結菜を愛している。離れたくないからこうしてつき合っているのに」


 顔を寄せ、結菜の涙を両手で拭うと、そのままキスをして抱きしめた。こんなにも愛おしくてたまらないのに、手放すことなんてできない。


「……僕の力なんてほとんどないようなものだけど、結菜のこと、ずっと守るから」


 僕は事と次第によっては、父と決別しても構わないと覚悟を決めた。

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