第13話 クリスマス・イブ
クリスマス・イブは土曜日だった。この日も広瀬さんはうちに来てくれるという。
こんな特別な日に、ということは、今のところはほかに誰かいるというわけではなさそうに思う。
アウトレットへ出かけた日、和馬たちには散々早く言えと急かされたけれど、結局、この日になってしまった。
「どうせなら、川向こうのキャンプ場にある公園、行ってみろよ。夜景、すごいから」
「確かに、あそこはめちゃくちゃ奇麗だよな」
「イブだし、時間によっては混むかもしれないけど、悠斗が広瀬さんを送る時間ならまだ人も少ないんじゃないか?」
変に勧めてくるのが怪しくて、また隠れて見ているつもりなのかと問い詰めると「さすがに俺たちもそんなに暇じゃない」と言われてしまった。
どうやらその日は、それぞれ県外まで出るらしい。念のため警戒だけはしておくことにして、僕は広瀬さんを送る前に、その場所へ行くことにした。
本当は、毎年思っていた。
街じゅうがクリスマスムードで、みんな浮かれてなんなんだろうと。
ツリーや飾り付けは奇麗だと思っていたけれど、ただそれだけだった。それが今年は僕まで浮かれている。
山道を進みながら、このあとなにからどう話せばいいのか、考えるだけで手が震えた。緊張のあまり心臓が高鳴って、その音が聞こえてしまうんじゃないかと思ったほどだ。准はこの時間なら人も少ないんじゃないかと言っていたけれど、実際はどうだろう?
あまり人がいるようだと、そんな中で告白なんて僕には無理だ。
駐車場につくと、まずは止まっている車を確認した。和馬たちの車はない。
ホッとしながら、寒い中を外に出るから、広瀬さんにマフラーをかけてあげた。
先に車を降りて助手席のドアを開け、広瀬さんの手を取ると、急ぎ足で公園に向かった。
周りには数組のカップルがいるだけだ。
「良かった~」
「なにかあったの?」
僕の言葉に広瀬さんは不思議そうな顔をして問いかけてきた。
「今日はイブだし、もしかすると混んでるかもって思ったんだ。でも、ちょうど夕飯時だし、夜景を見るには少し早いでしょ。思ったより人がいなかったからさ」
高台を巡らせている柵の近くに立ち、しばらく二人で夜景を眺めた。和馬の言ったとおり、本当に奇麗だった。
広瀬さんがいなければ、こんな場所を知ることもなかっただろう。
僕は覚悟を決めて、広瀬さんに今の気持ちを聞いてみた。もしもほかに気持ちが向いてしまっていたら、あきらめなければいけないのかと思うと、胸が痛む。
聞いたとたん、広瀬さんは怒り出した。あわてて言い訳をすると、変わらず好きだと、前よりもっと好きだと言ってくれた。
その言葉に僕は衝動が止められず、広瀬さんの手を引き寄せて抱きしめていた。
「良かった……気持ち変わってたらどうしようかと……前は、はっきりしない返事しかできなくてごめん。僕も……僕は広瀬さんのことが好きだ」
「……これってドッキリ?」
「えっ?」
予想もしなかった答えが返ってきて、驚いて広瀬さんの顔を見つめた。
「ホラ、後ろから佐野くんたちが出てきて、クラッカーでビックリさせられるとか、冗談だってみんなに笑われるとか……」
「こんな場所で? こんな状況に?」
そんなことをするやつらだと思われていたのはちょっとショックだ。でも、僕自身も似たようなことをされるんじゃないかと和馬たちを疑っていた。そう考えると笑うしかない。
ドッキリなわけがないし和馬たちもデート中だというと、僕がいつもと違うからと不安そうな口調で答えられた。
「そりゃあそうでしょ。こんなことを言うのは生まれて初めてだし……すごく緊張した」
広瀬さんの手が僕のコートの背中をつかむ。どうしようもない愛おしさがあふれて胸が痛んだ。
『どうしようもなくたまらない気持ちがあふれたら、そのときのそれが、そうだ』
最初に友だちから……と言ったときにはわからなかった。今、この気持ちが、あのとき和馬が言っていたそれなんだとわかる。
「こんなに誰かを好きになるなんて、考えてもみなかった。これからは恋人としてつき合ってほしい……」
腕の中で広瀬さんが泣いていることに気づいた。あわててハンカチを出して頬を拭った。
「……どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫……ただ、嬉しくて……」
そばにあったベンチに二人で腰をおろし、広瀬さんが落ち着くのを待った。こんなときに、どんな言葉をかけてあげればいいのかもわからない自分が不甲斐ない。
しばらくたって落ち着いたのか、もう大丈夫だという。もっとしっかりして、いつでも支えてあげられるようになりたいと心から思った。
二人でたくさん話し合って、ゆっくりつき合っていこうというと「本当に私でいいの?」と聞かれた。
「もちろん。広瀬さん……いや、結菜じゃなきゃ嫌なんだ」
「私も……! 深沢くん……悠斗がいい! これから先もずっと悠斗が好き。歳をとっても……」
「なんだか僕のほうがプロポーズされているような気持になるな」
名前を呼び合うだけのことが、こんなにも幸せな気持ちになるとは思ってもみなかった。
結菜といると、こんなふうに気づくことばかりだ。
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