第7話 友だちから始めよう
しばらく取り留めのない話をしていると、市役所が見えてきた。市役所の隣の公園で車を止めてもらった。ここから家までは歩いて五分もかからない。いつの間にか辺りは真っ暗だ。
「すっかり暗くなっちゃったね。遅くなっちゃってごめん」
「私こそ、こんなところまで送らせちゃってごめんなさい。それと、今日はありがとう」
離れがたくはあるけれど、変な告白をしてしまったせいで、月曜日からどんな顔で会えばいいのかわからない。
(返事も……このままもらえることはないんだろうな……)
「それじゃあ……」
「あ、ちょっと待って」
車を降りようとした手を取られた。
「おすすめのお店、あとでメールするから連絡先、教えてもらえるかな?」
「あ……うん……」
私は携帯を出すと、赤外線通信の準備をした。深沢くんも携帯を開く。
データが無事に送られたのを確認するために、深沢くんからのワンコールが鳴った。
(この履歴は永久保存版だな……)
私は嬉しさを噛み締めた。
「それから……さっきカフェで帰り際に好き言ってくれたことなんだけど……」
ドキリとする。
「そんなつもりはない」とか「ごめん、そんなふうにはみれない」とか、言われるのかと思うと全身から冷や汗が出ているような気持になる。
「……うん。急に変なことを言ってごめんね」
「それはいいんだ。でも正直言うと、僕には人を好きになるって感覚が良くわからなくて……ただ、広瀬さんのことは、ずっと気にはなっていたんだ。それが恋愛感情だって、はっきり言いきれないのが申し訳ないんだけど……」
「……うん」
「だから、まずは友だちとして……またズルいって言われるかもしれないけど、お互いのことをなにも知らないし……広瀬さんのことを知るところから、僕のことを知ってもらうところから、そこからつき合ってもらえると嬉しいんだけど。ダメかな?」
「ダメじゃないよ……全然ダメじゃない。凄く嬉しい」
「ありがとう。そういってくれると僕も嬉しい」
お互いに照れあってしまって、モジモジしている間に数分が過ぎた。
「そうだ。また今度、深沢くんのお店に寄らせてもらってもいいかな?」
「構わないよ。今日くらいの時間に来てくれるといいな。また僕が送っていきたいから」
(送っていきたいから……?)
その一言が、ジーンと胸に染みる。「送るよ」でもなく「送っていける」でもなく、私に対してなにかしてくれようと思ってくれるのが伝わってきた。
「それじゃあ、近くとはいっても暗いから、家までは本当に気をつけて」
「うん。深沢くんも、帰り道は気をつけてね。無事についたらメールくれる?」
「わかった。じゃあ、また月曜日に」
車を降りてドアを閉めると、動きだした車に手を振ってから、家に向かって歩きはじめた。
数歩進んだところで、どうしようもないほどの嬉しさが爆発して、その場で何度も小さく飛び跳ねると、最後に両手を上げてジャンプをした。
本当に嬉しいときって、声も出せなくなるようだ。周囲に人がいないのをいいことに、スキップしながら帰った。
それから数カ月後に、車にはバックミラーがついているということを思い知らされるとも知らずに。
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