第6話 気づいた気持ち

 自分の気持ちに気づいたとたん、向かい合って座っていることがさっきよりもずっと恥ずかしくなり、私は溶けかかったアイスを急いで食べ終えた。


「……じゃあ、彼氏はいない、ってことでいいのかな?」


 深沢くんが慎重な口調で問いかけてきた。


「もちろん!」

「そうか……実は今日、爺さまに、ここに誘ったあと、帰りは家まで送るようにって言われてたんだけど、彼氏がいるなら一緒のところを見られて誤解でもされたらマズイなって思ってたんだ。和馬も来られないっていうしさ」

「それは本当にないから。大丈夫だから。だって私が好きなのは深沢くんで……」


 否定する気持ちが先走って、余計なことまで口にしてしまった。

 気まずい沈黙が流れた。

 私は口もとを両手で覆ってため息をつくと、残ったココアを飲み切った。


「それに……送ってくれるのも家までじゃなくて、駅までで大丈夫。それだけで本当に助かるから」


 深沢くんは頬づえをついたままコーヒーを飲み切ると「行こうか」と言って伝票を手に立ち上がった。

 レジで自分のぶんを支払おうとする手を深沢くんに止められた。


「爺さまに軍資金をもらってるんだ。だからここは僕が」

「でも……」


 躊躇っている私に深沢くんは優しくほほ笑んだ。その笑顔がまぶしすぎて胸が痛い。

 それでも、さっきの言葉になにも返してくれないのは、深沢くんにとって私はそういう対象じゃあないからだろう。


 切なくてまた胸が痛む。

 あんなことを言わなければ、今もっと会話が弾んでいたかもしれないのに。

 促されて車の助手席に乗った。


「ここの駅、電車の本数もそんなにないし、もう暗くなってくるから家の近くまで送るよ」

「ううん。電車、ちょうどいい時間がありそうだから平気だよ」


 私はあわてて携帯で経路検索をして、画面をみせた。

 それを見た深沢くんは小さくため息をつくと、ゆっくりと車を出した。

 数分走って交差点が見えてくると、急に路肩に寄せて車が止まった。


「やっぱり心配だな。なにかあっても怖いし。家の近くまで送らせてよ。嫌かな?」

「……そういう聞きかたってズルい。だって嫌なわけがないし……」


 私は口をすぼめてうつむいた。恥ずかしさとさっきの後悔で、どうにも胸の痛みが治まらないままだ。


「ごめん……とりあえず住所、教えてくれる?」


 あまり頑固に拒絶するのも感じが悪い気がして、私はためらいがちに住所を伝えた。

 携帯で地図を確認した深沢くんは、ぽつりとつぶやいてエンジンをかけた。


「C市の市役所近くか……このあたりならわかるな」

「来たことがあるの?」

「うん、この少し先に青果市場があるでしょ。時々、和馬と一緒に行くんだ」

「そうなんだ」


 自分の住む町のことを知っているんだ、というだけなのに変に気持ちが高揚してくる。

 胸が苦しくて仕方ないのに、ハンドルを握る腕から肩、背中のラインが格好いいとか、信号待ちをしているときにハンドルに寄りかかる仕草がちょっとかわいいとか、余計なことばかり考えて感情が揺れてしょうがない。


「市場の中にもカフェがあるの知ってる?」


 そう問いかけられて、私は首を振った。

 聞けばサークルの部長や男の先輩たちも時々通っているそうだ。


「部長たちはどちらかというと、食べるお店を重点的にめぐっているみたいだけどね。安くておいしいランチのお店とか、地域別に地図にしようかって話してたよ」

「そんな話しがでていたなんて、全然知らなかった」


 私はサークル内では同学年の男女や女の先輩たちと話すことが多く、内容も調理についてがほとんど。食材や調理器具の話しはしても、お店についてはほとんど話したことがなかった。男の先輩や部長たちと話すと、そういう情報も得られるんだ。


「広瀬さんたちは、いつも和気あいあいとしてにぎやかだよね。准が、華があっていいなって言っていたよ。あいつ、高校がほぼ男子校みたいなところだったから」


 そんなふうに見られていたなんてちょっと照れてしまうけれど、結果、それが清水くんとつき合ってるなんていう誤報を連れてくるのかと思うと、複雑な気持ちになった。

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