第5話 古民家のカフェ
駅前から車で十分ほどで着いた古民家は、外壁が木でできている、かやぶき屋根の一軒家だった。
中も古めかしいのに味のある木の壁。長い廊下には大きなガラス窓に沿ってテーブル席が五席並び、広い畳敷きの部屋に小さくて丸いちゃぶ台と、丸い座布団が点々と並んでいる。
深沢くんはチラリと私を振り返ると、テーブル席を選んだ。私がスカートだから、椅子を選んでくれたようだ。
「なににする? さっきシフォン食べてたからあまり入らないだろうけど、ここのアイス、おいしいよ」
「そうなの? じゃあ……アイスと……ココアにしようかな」
深沢くんはうなずくと、店員さんを呼んで注文を済ませた。
テーブルの席で向かい合わせに座っているのは、ほんの少しだけ恥ずかしくて、私は窓の外へ目を向けた。
初夏の新緑が鮮やかでとても奇麗。ところどころに小さくて白い花が咲いている。自宅に近い公園でも良く見かける花だ。
街中の雰囲気のある喫茶店もいいけれど、こんな非日常を感じられるようなカフェも
「私、こういう古民家のカフェって初めてなんだけど、時間がゆっくりと流れているみたいで凄く素敵だね」
「こういうお店は僕もまだここしか知らないんだけど、ランチもやっていてメニューが充実してるんだよ」
「そうなんだ……」
「山の手前にある牧場や近所の農園から仕入れたものを使っているんだって。慧一の家からも時々卸してるって聞いたな」
そういえば佐野くんが、深沢くんも喫茶店めぐりをしてると言っていた。誰と一緒に行くんだろう。それに、運転も……ずいぶん慣れているふうだった。
私は免許は取ったものの、運転はちょっと怖くて、乗ってもせいぜい自宅周辺くらい。
「車、良く乗るの?」
「ん……店の買い出しとかでね。あと、慧一の家で、みんなで良く練習したよ」
「保坂くんの家? 佐野くんや望月くんと?」
「そう。慧一の家は敷地が広いから」
「四人、仲が良いんだね。学校が違っても、一緒にサークル入ってるなんて羨ましい」
「広瀬さんもたくさんいるんでしょ? 友だち。サークルでもみんなと仲が良さそうだよね」
「でも、中高で仲の良かった友だちはみんな、東京の大学に行っちゃったから。ほかの子も、学部が違うし……」
注文したココアとアイス、コーヒーが運ばれてきた。
深沢くんはなにも入れないブラックのままのコーヒーに口をつけ、窓の外の景色に目を向けている。
「それで入学式の日は一人だったんだ?」
また、あの日のことがよみがえる。
「うん。あとね、私も深沢くんのこと覚えているよ。私と同じで一人だったから、声をかけてみようかなって思ったんだ」
深沢くんはチラリと私に視線を向けると、ちょっと困ったような笑顔でまた窓の外を眺めた。
――これだ。
この距離感が、なにか近づき難さを感じる。サークルでも女の子たちが声をかけると見えないバリアを張っているように感じた。
距離を詰められることが、親しくなることが嫌なんだろうか?
でも、こんなふうに誘ってくれるのだから、仲良くなれないことはないと思うんだけれど……。
「あのね、さっき佐野くんが言ってたじゃない? 深沢くんも喫茶店めぐりしているって」
「ああ……うん。家が喫茶店だからつい、ね」
「いいお店があったら、教えてほしいな。行ったことがないお店だったら、行ってみたいし。連絡先を交換してもらえると嬉しいんだけど」
「それは構わないけど……」
なにかをためらうように口ごもっている姿に、ハッと一つの可能性が思い浮かんだ。
「あっ……ごめん、もしかして彼女さんと行ってるのかな? こういうの、嫌がられちゃったりする? 私、なにも考えずについてきちゃったけど……今日も迷惑だった?」
「いや……そういう相手はいないから、僕は大丈夫なんだけど、広瀬さんのほうが大丈夫かな? って。彼氏に悪いよね」
「えっと……私も彼氏なんていないんだけど」
「……えっ?」
深沢くんは机に肘をついて口もとに手をあて、考え込むような仕草をみせた。
おかしいな、とつぶやいたのが聞こえた。
「サークルの清水。彼とつき合ってるって聞いてるんだけど。だから今日も、てっきり一緒に来るのかと……」
「ないない! なにそれ? 確かに清水くんとは良く話すけど、つき合ってなんかいないよ」
急にそんなことを言われて、私はあわてて全否定をした。そんな噂が流れているんだろうか?
私の耳には入ってこないけど、周りの人にはどうなんだろう?
ううん。周りの人に誤解されることより、深沢くんにだけはそんな誤解をしてほしくない。
そう思って、また気づいた。
(私……そうか……初めて見かけたときから、深沢くんのことが好きだったんだ……)
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