第4話 商店街の友人

 外へ出て腕時計を見た。


(まだ午後三時かぁ……)


 ふと視線を上げると、あの大きなランプが目に入る。

 近づいてみると、ふっくらと丸みをおびた筒状のガラスの中にあるのは、本当の火ではなくまん丸の電球だった。

 ほのかな黄みの暖色で、まるで満月のようにも見えた。


「あれ? 広瀬さん?」


 しげしげと見つめていると、不意に声をかけられた。顔をあげると、数軒先にある八百屋さんの前に、佐野くんが立っていた。


「佐野くん?」

「どうした? こんなところに……あっ、そういえば……もしかして悠斗のところに来たのか?」


 手拭いで手を拭きながらこちらへ歩いてくる佐野くんは、つばを後ろに帽子をかぶり、屋号の入った濃紺の前掛けをつけていた。こちらも深沢くんと同様で、妙に様になっている。


「うん。そう。佐野くんは? アルバイト……?」

「まあ、バイトっちゃあバイトだけど。そこ、俺んちだから」

「えっ! おうち、八百屋さんだったんだ?」


 佐野くんは照れたように、まあね、と答えた。


「全然知らなかった。あっ……深沢くんと幼馴染って、こんなご近所だったからなんだ? もしかして、保坂くんと望月くんもこの商店街に?」

「ああ、准はな。そっちの電気屋。慧一は川向こうだからちょっと遠いんだ。あいつんちは果樹園なんだよ」

「へぇ~……そうだったんだ」

「サークルでしか顔合わせないし、料理で手一杯だからロクに話したことないもんな。知らなくて当然だよ」

「佐野くんてば、なんだか学校でみるときと、だいぶ印象が違うね」

「だって、この格好で大学へは行けないだろ?」

「それもそうだよね。でも前掛け、すごく似合ってるしさまになってるよ」

「そりゃあどうも」


 そういって佐野くんが笑った。


「そんで? 広瀬さんは喫茶店が好きなんだって? 悠斗の店はめがねにかなったのか?」

「うん。とっても素敵なお店だった。カフェオレもケーキもおいしかったし」

「だってよ! 良かったじゃん!」


 急に佐野くんが私の後ろへ向かって声を張り上げた。振り返ると、ちょうど深沢くんがお店から出てきたところだ。


「良かったって、なにが?」

「あ……うん、素敵なお店だな、って……」


 私は急に恥ずかしくなって、うつむいてそれだけを伝えた。

 お店から出てきた深沢くんは、ワイシャツからパーカーに着替えて前掛けも外している。


「そう思ってもらえたなら良かった」

「広瀬さん、喫茶店めぐりはこの辺は来てないのか?」

「うん。自宅まわりか、ちょっと足を延ばして遠くに行くことが多かったから」

「だったら悠斗、あの店に連れてってやれば?」


 佐野くんが言うには、ここから車で十分ほどのところに、古民家カフェがあるらしい。

 それはぜひ行ってみたいけど、車でとなると難しそう。


「爺さまにも言われた。広瀬さん、おなかはどう? まだ飲み物を飲むくらいの余裕はあるかな?」

「うん、大丈夫」

「じゃあ、案内するから一緒に行こうか。和馬も一緒に行こうよ」


 佐野くんは腰に手をあてて前かがみに唸った。


「行きたいんだけどなぁ~、俺んち今さ、親父もお袋も出ちゃってるから、出るとなると店閉めなきゃなんないんだよ。さすがにそれはマズイから、今日は二人で行ってこいよ」

「えっ……そうなのか」

「あっ、私はいいよ。また今度にでも折をみて来てみるし……」


 私はあわてて断ろうとした。勝手に押しかけてきたうえに、案内までされるわけにはいかないし、なにより二人でなんて……。


「そんなこと言ってると、行かれないままになるんだよ。こういうの、意外とタイミングってあるからな。ホントにいい店だから行ってこいって。それに悠斗もあちこちのカフェや喫茶店めぐってるから、いろいろ話しもできると思うぜ」

「そうだね。この辺は旅行に来るような場所でもないし、機会を逃すと行かれなくなるかも。広瀬さんが嫌じゃなければ行ってみない?」


 嫌なわけがない。だって、ずっと話してみたかった。仲良くなれたらいいなって、ずっと思っていたから。

 深沢くんが車を取りに行っているあいだ、佐野くんのお店で枇杷を買った。

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