第3話 大きなランプの喫茶店

 コロンコロロン……。

 ドアを押した瞬間、カウベルの音が響いた。


 大学が休みの土曜日に、私は電車に乗って深沢くんの喫茶店までやってきた。

 線路沿いの白樺並木と商店街。その中に丸太小屋のような外観。大きなランプが置かれている。


 丸太作りの外観をした喫茶店は、いくつか訪れたことがあるけれど、こんな大きなランプは初めて見た。

 お店の雰囲気に飲まれつつ、ドアを押したときに聞こえたカウベルが、やけに優しく聞こえて思わずほほ笑んだ。


「いらっしゃいませ」


 中に入ると、カウンターに立ったおじいさんがこちらを向いた。

 店内は深沢くんが言ったとおりで広くはない。厨房側とその反対の窓側にカウンターが一列ずつ。通路の真ん中に、観葉植物と籐の衝立が並んでいた。


 入り口の近くに一人、窓際に数人の先客がみえる。

 私は迷うことなく、厨房側のカウンターの一番奥に腰をおろした。

 メニューと水を受けとると、私はカフェ・オレとシフォンケーキを頼んだ。


 おじいさんの後ろには、入り口側に大きなカップボードがあり、奇麗なカップや調理器具が並んでいる。私の座った奥からは厨房に立つ深沢くんがパスタを作っているのが見えた。


(やっぱり、お店で調理していたんだ)


 お店のスタイルなのか、おじいさんも深沢くんも、淡い水色のワイシャツに黒のベストを着て、黒いミドル丈の前掛けをつけていた。

 袖が落ちないようにするためなのか、アームクリップがついている。


 違うのは、おじいさんが蝶ネクタイで、深沢くんは赤いさし色が入った紺のネクタイを締めているところだ。

 初めて見た日、スリーピースのスーツが馴染んで見えたのも、厨房に立つ姿を見ていると納得がいく。


 パスタを作り終えたのか、調理台に置かれたお皿に盛りつけをしようと、こちらを振り返った深沢くんの視線が、私に向いた。

 一瞬、驚いた顔をみせ、すぐにニッコリとほほ笑むと、軽く会釈をしてくれた。

 私もつい笑顔になり、軽く頭を下げた。


 厨房の中は座る場所によっては目に入らないようだけれど、カウンターから見える作業をしているからか、二人の所作はとても奇麗だ。

 ドリップされたコーヒーの香りをゆっくりと吸い込んだ。


「お待たせしました」


 目の前に出されたカフェオレボウルは、初夏の時期に合わせているのか和風の焼き物にあじさいが描かれている。

 シフォンケーキの乗ったお皿とペアのようで、並べて置くと絵柄が繋がって見えた。


「かわいい……」


 思わずつぶやき、さっそく口をつける。ふわふわのシフォンケーキに甘すぎない生クリームがおいしい。

 店内を眺めつつ、ゆっくり味わっている間にも、カラコロとカウベルが響き、お客さんが出入りしている。

 ランチのピークは過ぎているのに、こんなに出入りがあるのは、タクシーやバスの運転手さんたちがやって来るからのようだった。


「撮らないんだ? 写真」


 また人の出ていったドアをみていたとき、不意にそう声をかけられて驚いた。

 下げてきたらしい食器を手にした深沢くんが、いつの間にか後ろに立っていた。


「あ……うん。撮らないよ。どうして?」

「サークルの子たちもそうだけど、みんな良く写真を撮ってSNSに上げてるから」

「ん~……私はそういうのは……アカウントは持ってるけど、見る専門だし」

「そっか」


 そういうとそのまま厨房へ戻ってしまった。

 ケーキを平らげカフェ・オレの最後の一口を飲み終わるころには、店内のお客さんも私以外に二人残っているだけになった。なんとなく所在なさげに感じて席を立ち、深沢くんにも声をかけられないまま、お会計を済ませて店を後にした。

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