第2話 近づきたくて

 彼ときちんと知り合ったのは、料理サークルの中でのことだった。

 数十人いる部員は、意外にも男の子たちが多い。一人暮らしをしていて自炊をしているからか、みんな熱心に料理と向き合っている。


 和気あいあいとしていて、いつも笑い声が響いているような、そんな空気感だった。

 最初の自己紹介で、彼は「深沢悠斗ふかざわゆうと」と名乗った。構内で見かけるときはたいてい一緒にいる「佐野和馬さのかずま」と、近くの別大学から参加している「保坂慧一ほさかけいいち」「望月准もちづきじゅん」の三人とは幼馴染らしい。

 学校のある最寄駅から、私とは反対へ向かう電車で通学しているらしいと知った。


「深沢くん」


 手際よく調理の準備をしている彼に声をかけたのは、この日が初めてだった。


「あ……えっと……広瀬さん、だったよね? どうかした?」


 一度も話したことがないのに、突然話しかけられて驚いた顔をしている。


「うん。私、広瀬結菜ひろせゆな。よろしくね」

「はあ……どうも……」


 改めて自己紹介をすると、深沢くんはおずおずと頭をさげた。

 以前、深沢くんが部長と話しているのを聞いて、ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「深沢くんのおうちって、喫茶店ってホント?」

「……うん。そうだけど」

「やっぱりそうなんだ! あの……一度伺ってみてもいいかな?」

「それは別に構わないけど……狭い店だから、大勢だったりすると時間帯によっては入れないかも……」

「実は私、喫茶店めぐりが好きで。でもいつも一人だから、それは大丈夫だと思う」

「ああ……それでか」

「……? なにが?」


 手もとの野菜を刻みながらかすかに笑顔をみせた深沢くんは、一人で納得しているような顔をしている。


「入学式の日、学校の近くの喫茶店にいたでしょ」

「そんなこと覚えてるの?」

「だいたいみんな、駅のほうのカフェに行くのに、変わってるなって思ったんだ」


 話しをしたわけでもないのに気づいて覚えていてくれたことが、なんだかとても嬉しい。


「あのね、私……」

「結菜ー! ちょっとコレ手伝ってー!」

「はーい! すぐ行くー! ……じゃあ、今度寄らせていただくね」


 私も覚えてるんだよ、と言いたかったのに、友だちの成瀬果歩なるせかほに呼ばれて仕方なくその場を離れた。

 果歩の手伝いをしながら、深沢くんに目を向けると、佐野くんと保坂くん、望月くんの四人で手際よく調理を進めている。

 今日のメニューはビーフシチューとサラダ。お肉を焼く匂いとデミグラスソースの香りが部屋中に漂っていた。


(もっとたくさん、話しができたらいいのにな)


 他の男の子たちも女の子たちも、みんなそれぞれに手際がいいし、先輩たちも慣れた手つきで調理をしているけれど、深沢くんの雰囲気には、なぜかとても目を惹かれる。


(調理に慣れているのかな。おうちが喫茶店だから、手伝いでいろいろ作っているのかも)


 サークルが終わったあと、もう一度、深沢くんに声をかけてお店の場所を教えてもらった。

 本当は連絡先の交換もしたかったけれど、そんなに急に詰め寄るのもどうかと思ってやめておいた。


 気になって仕方ないのに、ほんの少しだけ感じる近寄りがたさにためらって思うように声をかけられないでいた。

 だから結局、なにも伝えないままやって来てしまった。


「○○駅~、○○駅です」


 深沢くんに教わった駅に着いた。ホームからもうすでに白樺並木が見えている。

 私は改札口へ向かって歩きだした。

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