episode.41 遺恨
光の帯が消え視界がはっきりすると、そこには懐かしい景色が今も変わらずあった。
「13年、か……。」
白と金を基調とした建物、緑や茶の草木、そして色とりどりの花々――何もかもが俺の中の記憶と一致している。その懐かしさが俺の心を騒めかせる。
「管理する人間が優秀過ぎるのも考え物だよな。」
ふと左から声が聞こえた。振り返って見てみれば、胸の騒めきが緩やかに落ち着いていく。
「まあな。でも、人が生きられる時間は有限だ。だからこそ人は、変化を拒む。少しでも長く生きる為に。」
「それ、何かの受け売りか?」
「あの子のな。」
俺とルクスは空を見上げた。
雲よりも高いこの場所では常に青空が広がっている。そのどこまでも透き通った青は彼女の瞳を想起させる。
「あれは……。」
そこでルクスが零した。
視線を同じ場所に向けてみれば、小さいが飛龍の姿が見えた。が、それを丁度視認した瞬間、飛龍は魔障壁にぶつかっては気絶したのかそのまま落下していった。
「仙人の魔法も相変わらず健在だな。」
「レクシオン様のお蔭で今年の繁殖期も乗り越えられた。あれがなかったら俺達だけでここを守れるかどうか怪しいまであるから、本当に助かっているよ。」
「そんな弱気じゃ、そのうち廃業するぞ。」
「まあ、それはそうかもな。聞かなかったことにしてくれ。」
茶々を入れつつ俺は少し楽しんでいた。
ルクスとこの場所でもう一度話す事があるなんて正直王都にくるまで考えたこともなかった。
これから彼女に謝りにいけることを考えても、連れ出してくれたフレイにはいよいよ頭が上がらないほど感謝しなきゃならないかもしれない。めっちゃ癪だが。
「で、何処から行く?」
「そりゃあ決まってる。」
「だよな。」
「まあ、本当なら真っ先に皇王様に挨拶行くのが筋なんだろうけど、覇魔石のこと聞いてからじゃ、まともにあの子に顔向け出来る気がしないし、仙人に会いに行ったところで特段あの人と話すこともないしな。」
俺は当時関わりがあった人々を懐かしく思い出しながら頭の中で顔を並べた。
「それじゃあ行こう。いつまでもここにいては何も始まらない。」
「ああ。」
俺はルクスの後ろをついて行きながら皇宮を見て回った。
行けども行けども視界に入る景色は記憶と何一つ差異がない。城に入った時にも少し感じたが、ここの変化の無さはその比じゃない。正直怖いくらいだ。
しばらく歩いていくと、見覚えはあるも当時はあまり足を踏み入れなかった場所に入っていく。
それもそのはず。
この先の御宮は神聖化された聖域――歴代皇家の方々が眠る墓所なのだから。
「開門している……?んっ!?まずい!!隠れろウェイ!!」
「あ?」
墓所の入り口で突然足を止めたルクスを不信に思い、俺は扉の奥を覗いた。
「いいから早く!!」
それまで落ち着いていたルクスが急に切羽詰まる勢いで俺の体を押すもんだから、逆に俺は気になって反抗してしまった。
だが、それもすぐに後悔する。ルクスの言う通りにしてればよかった、と。
だんだんと足音が大きくなり、徐々に人影が鮮明になっていく。そして、それが誰か分かった時には遅かった。
「ガレリオ……。」
思わず呼び捨てになるも、俺は胸の騒めきでそんなことに気づく余裕はなかった。
「貴殿は……っ!?」
スラッとした佇まい、整った顔にどこまでも純粋な青い瞳、白みがかった銀髪と温かそうな赤みを帯びた頬、日に焼かれそうなほど純白な肌――。
流石は姉弟。よく似てる。
胸にズキンッと痛みを覚えた。が、それでも俺は視線を離すことはしなかった。
覚悟は決めてきた。ここで目を離すのは簡単だが、それじゃあ駄目なんだ。
「なんで……なんで貴様がここにいる!?出ていけ!!」
俺を認識した瞬間、それまでの憂うような沈んだ表情が一気に憤怒へと変わった。
「今更何しに来た!?ここはお前のような〝罪人〟が足を踏み入れていい場所ではない!!出ていけ!!」
ガレリオは腰に付けた剣を抜いた。その剣先は真っ直ぐに俺の顔へ伸びており、向けられた殺気は偽りのないものだった。
「お、落ち着いて下さい、皇子!!」
慌ててルクスが間に入るもガレリオの表情が緩むことはなかった。
「どけ、ルクス!!いくら貴殿でもその罪人を匿う気なら、我の権力を行使して貴殿ごと葬るぞ!!」
ガレリオの怒声で周囲の木々にとまっていた小鳥達が一斉に逃げていく。
ルクスは額に汗を滲ませながら奥歯を噛みしめていた。
「矛を収めてください、皇子。お願いですから。」
ルクスは両手を広げて立ち尽くした。害はないとアピールする為だろうが、やや腰が引けている所為で動揺しているのが丸わかりだ。これじゃ逆効果だ。
「もういい、ルクス。」
俺はおもむろに歩き出してはルクスの肩に手を置いた。
「ウェイ、お前……。」
動揺が抜けないまま俺の顔を見ては、ルクスは何と情けない顔を向けてくる。
俺はルクスを下がらせてはガレリオの目を真っすぐに見つめた。
「俺を殺したいなら殺せばいい。お前に殺されるのなら俺も本望だ。」
そこで俺は目を瞑り体を差し出した。
すぐ後ろでルクスが騒いでいる。その気持ちはありがたいが、これは俺と皇子の問題だ。部外者が入る余地はない。
「そうか。その覚悟だけは受け取ってやる。」
声色が少し変わったか。だが、それでも目を瞑っていても分かるほど、向けられる怒りと殺意は変わっていない。
「だが、楽に死ねると思うなよ。簡単には殺さぬ。痛みと苦しみを存分に与えてから殺す。」
足音がゆっくりと迫ってくる。剣先を引きずる音が聞こえ、構えているのが分かる。
「姉さんを殺したこと、殺した後ものうのうと生きてきたことを後悔させてから殺してやる!!」
そこで足音が大きく速くなった。
殺気は本物だ。俺はどうやらここで死ぬらしい。
そう思うと同時に、首に圧迫感を覚える。
ああ、またか――。
魔法鎚を握る時にいつも起こるあれだ。
後ろから首を絞めつけられているような感覚に襲われる。
君もやっぱり、俺の死を望んでいるのか――。
自分を殺した俺を、憎んでいるのか。
彼女の存在を背中に感じる。
気づけば涙を零していた。
彼女を殺してしまったことよりも、死してなおそんな感情を抱かせてしまっていることに、俺は深い悲しみに暮れた。
「でやぁ!!」
ガレリオの雄叫びが耳を劈く。
その剣が振り下ろされるのを俺はただ待つことしか出来なかった。
「させないっ!!」
声と同時、ガキンッと鋼がぶつかり合う鈍い音が響き渡った。
何事かと目を開けてみれば、目の前には剣を構えたルクスの姿がある。
「ルクス、お前……。」
何が起きたのか、分かっても理解できなかった。
皇家の人間に剣を向ける――その重大さはルクス本人が一番分かっているはずだ。
極刑なんてもんじゃない。そんな大罪を俺を助けるために犯したというのか。
「ウェイは俺の親友です。その親友を殺すと仰るのなら、俺は貴方を、世界を敵に回してでもウェイを守ります。それがあの子に託された――俺に出来る唯一の弔いです。」
託された――。
それが何を意味するのかは分からない。だが一つ言えるのは、今のルクスは俺も知らない何か強い意志を持っている。
それだけは分かった。
「貴様、自分が何をしているか分かっているのか!!」
ガレリオは怒りが更に増したように、かつその矛先をルクスへと変えた。
「勿論です。」
だが、ルスクはそれに臆することなく答えた。
「ならなぜ――」
「貴方が姉上を想う気持ちと、私がウェイを想う気持ちの何が違う!!」
それは俺の知る限りで一番大きな声だった。
ルスクはまた冷静ながら憤っていた。
こいつのこんな顔を見るのは久しぶりだ。
「貴方はもう少し大人になるべきだ。貴方の姉上で在らせられたレーナ姫は、幼くして皇家の者としての品格を持ち合わせていらした。その弟で在らせられる貴方が気丈に振る舞えずしてどうするのですか!!」
ルクスはガレリオの心の芯に届くようにと熱く語った。が、当のガレリオ本人は納得してはいない様子だ。今もなお歯をギシギシさせては苦い顔を浮かべている。
「これは何事だ!?」
2人が睨み合っていると、そこでルクスと同様の鎧を着た者が数人駆け寄って来た。
「ガレリオ皇子、それにルクス、一体何をやっているんだ!?」
状況が呑み込めない、と割って入った騎士は何度も二人を交互に見た。
益々場が混乱を招く中、更に奥から二人こちらに歩いて来る。
その人物に、この場にいた全員が息を呑んだ。
「状況は大体察しがつきます。二人共剣をおしまいなさい。」
そう言ってルクスの方へ歩み寄って来たのは他でもない皇妃陛下だった。
「失礼しました。」
ルクスは剣を直ぐに背中にしまい、その膝を地に付け頭を垂れた。
それを見た皇妃は一度小さく頷いては、顔色を変えず皇子の方にも目を向けた。
「ガレリオ、貴方は少し頭を冷やしなさい。」
「母上、お言葉ですが――」
「黙りなさい。」
皇子が言い訳に口を開いた瞬間、皇妃はその目で黙らせた。
その有無を言わさぬ眼圧に、流石のガレリオも納得はせずとも剣を引いた。
「この場は私の顔を立ててもらいます。レイゾォック、悪いですが、ガレリオを自室まで送り届けて下さい。」
そう言って皇妃は一緒に来たもう一人の騎士に指示を出した。
男は指示に従い迅速に周囲の騎士にガレリオを拘束させ、自身もゆっくりと歩み寄った。
「団長……。」
通り過ぎる寸前、ルクスは申し訳なさそうに男を見た。
「皇妃陛下の采配に感謝しろ。お前も頭を冷やしておけ。」
それだけ言うと、男は部下とともに拗ねる皇子を連れて本殿の方へと歩いて行った。
その背中が見えなくなるまでずっと頭を下げ続けるルクスを俺はしばらく見つめていた。
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。」
ふと、横から話しかけられる。
場に静寂が訪れ、未だ頭を下げ続けるルクスを背に、俺は皇妃と顔を合わせた。
「礼は言いません。あそこで殺されなかったことが本当に正しいことだったのか、俺には分からないので。」
「構いません。私の方も貴方に対する罪悪感は今も変わりありません。」
あくまでもギブ&テイク。そう言うのは俺に気を遣わせない為なのだろう。
その気遣いには昔から何度も助けられた。
「少しお話をしても宜しいですか?」
温かく優しい瞳。彼女の母である皇妃陛下もまた彼女の特徴を持っている。その所為と言うわけではないが、俺は自然と頷いていた。
「俺も色々聞きたいことがあります。」
「わかりました。では、場所を変えましょうか。」
そう言って皇妃は墓所の方へと歩みを進めた。
ようやくだ。あの子の前に立つ時が来た――。
俺は息を大きく吐いてから皇妃の後について行った。
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