episode.40 皇宮へ
新年早々、俺達はフレイの工房で巨大ルーン結晶の下に集まってはそれを囲っていた。
「まずは新年に誰一人欠けることなくみんなの顔を見られたことを嬉しく思う。」
フレイは全体に聞こえるように声を張り上げると、そのまま続けた。
「ルーン式エンジンの製錬もようやく工程の半分まできた。あと残り半分だ。皆の奮闘を期待する。」
こういうことは慣れているというより得意なのか。場の士気が今ので一気に上がった。
そのまま勢いに続けと言わんばかりにフレイは俺の方を見ては頷いた。
それに俺も首を縦に振って返す。
「ここからは術式銘彫に入る。だが、実際に作業に入る前に、みんなには今から配る資料にしっかり目を通して欲しい。」
俺は手に持っていた資料の半分をフレイに渡し、もう半分をフレイとは逆方向に回した。
そして、予想通り資料を手に取った者からざわつき始める。
「今回のルーン術式は、ルーン結晶の形からしても想像がつくように構造がかなり複雑だ。だから、術式の解釈を最初に擦り合わせておかないと齟齬が生じて彫り方が疎らになる。ここまで繊細な術式だとそれだけで術式が機能しなくなるなんてことも十分有り得る。皆熟読してから手を付けて欲しい。」
長々と説明しては皆徐々に額に汗を滲ませる。
正直今回の星型大二十面体の術式構造は他に例を見ないほどに珍しい術式だ。
国認のフレイやベテランの一級達でも相当苦労するだろう。
更には集団で彫る以上、各々の癖を統一しなければならない。
まずは誰にでも書けるように最低限の基準を引いてやる必要がある。
「術式の銘彫基準は既に俺の方で用意してある。あとは解釈を統一でき次第、皆で分担して作業にあたってくれ。」
俺は資料を手で叩いてみせては皆の顔色を伺った。
資料の読み方はまさに十人十色で、しゃがんでじっと睨むように見つめる者や、何度もペラペラ捲っている者、何人かで話し合って理解を深める者――様々だ。
「それから――」
そんな真剣に取り組む彼ら彼女らの様子に申し訳なさを感じつつも、俺は批判覚悟で口を開いた。
「悪いが、急用が出来た関係で俺はこれから2日程現場を離れさせてもらう。」
その瞬間、周囲の視線が一斉に俺に集まり、騒々しくなる。
まあ当然だろう。今回の依頼の指揮を取っているのは俺とフレイだ。
更にはこの術式を考えたのは9割型俺だ。
術式の解釈云々の話をしたばかりなのに、一番理解している俺がいなくなるというのは、現場としては本来避けるべき事案だ。
非難されるのも仕方がない。
だが、こればかりはどうしても譲れない。
国王からもらった勅許の有効期限は今日から3日間。それを逃せば、また暫く皇宮へは行けなくなるかもしれない。
彼女の前で謝ること――。
それが今の俺にとっては何よりも優先される。
こればっかりは理屈じゃない。
「いったいどうしたんだ?君らしくもない。」
フレイはやや焦ったように、それでもみんなの前故冷静に振る舞っていた。
「本当にすまないと思ってる。だが、どうしても外せない用なんだ。もう13年も待たせてるから。」
「13年……?」
フレイは何か引っ掛かる様子で考え始める。が、流石にこの件については詮索されたくない。特にこいつには。
「皆の焦りや不安は分かる。だから、その代わりといっては何だが、一人俺の術式を限りなく正しく解釈できる人間を紹介しておく。」
話題とこの場の雰囲気を変えようと、俺は大声で話し出した。
「ルイス、お前に2日間だけ術式銘彫の指揮を任せる。」
そう言い放った瞬間、ルイスの方に一斉に視線が集中した。
「えっ?ええーっ⁉」
喫驚するルイスと目を合わせると、ルイスは俺の所まで全速力で走ってきた。
「むっ、無理ですよ、先生!!」
周囲の視線が怖いのか、半泣きで俺に縋り付くルイスに、俺は堪えきれずに声を上げて笑った。
「大丈夫だよ。何も全部理解しろとは言ってない。今日と明日、作業が止まらなくて済むくらいまでの範囲でいいんだ。お前ならできるだろ。たぶん。」
俺が”頼む”と手で仕草をすると、ルイスは暫く唸っていた。
「うう……先生はずるいです。」
しかし、目を擦って後、ルイスは覚悟を決めたように強い眼差しを向けた。
「そこまで信じてもらえるなら、私やってみます!」
ルイスは笑みを浮かべて元気よく返事した。
その様子に俺は安堵すると共に期待も込めて頷きで返した。
「行ってくる。」
半ば強引だったかもしれない。だが、それでも最低限の筋は通して俺はこの場を後にした。
城の外門まで来ると、俺は以前のように通行許可証を見せては城壁内に入った。
正面の城門を無視して右側の庭園を通り抜けては更に奥へ進む。
「そこの者止まれ!」
転送陣のある昇降機前まで来ると、威勢のいい若々しい声で停止を告げられる。
「汝、印を示せ。」
まだこの任に就いたばかりか、若干不慣れな様子で裏返る声が響き渡った。
「頼む。」
この場において、言葉は不要。
俺はポケットから国王の勅許を得た音声が記録された【通信】のルーンを差し出した。
そこに刻まれた王国の紋章が、音声など聞かずとも正式な印であることを告げる。
「うむ。通ってよし。」
もう一人のベテランっぽい見張りが手に持つ槍を立てて地面を突いては”こちらにどうぞ”と手振りしてくれる。
俺は遠慮なく昇降機に乗り、転送陣のある場所まで昇った。
転送陣の前に立つと、あの頃の記憶が一気に甦っては頭に流れ込む。
胸が締め付けられるように息苦しくなる。
頭痛と吐き気、目眩にも一気に襲われる。
だが、それでも決意はもう鈍らなかった。
「行こう。」
体の重さと気分の悪さを我慢し、俺は一歩踏み出した。
そこで、転送陣が淡い光を放ち始めた。
まだ陣の中に入っていないのに発動したということはつまり――。
「おや?これは久しいな。」
光の中から中年の男が姿を現す。
「モンタナ聖騎士団長……。」
それは俺もよく知る人物だった。
以前皇宮にいた頃にやたら俺を弄り倒してくれた厭らしい男だ。
「ガハハハ。今はもう団長ではない。隠居の身なのでな。団長はレイゾォックのやつに任せたわい。」
豪快に笑うその感じは、今思えば親父さんと重なるところがある。
俺が親父さんに拾われてすんなり気を置かずに済んだのは、もしかしたらこの人のお陰なのかもしれない。そう考えると案外嫌な記憶も薄まるもんだ。
「だが、実に久しいな、ウェイ。前とは少し雰囲気が変わったか?」
「あんたは逆に変わらなすぎだ。騎士が隠居するとすぐ老けるなんて言うが、今も健在なようで安心したよ。」
俺の言葉に気を良くしたのか、モンタナは胸やら腕の筋肉を隆起させては見せつけてくる。
マッチョはこれだから暑苦しい。その手の絡みは正直間に合ってる。
「そんじゃな。儂はこれから国王陛下に皇王陛下の言伝てをお伝えしにいかにゃならんのでな。」
そう言うとモンタナは俺の肩に手を置いては去っていく。
「俺が何しに行くか聞かないのか?」
去り際、ギリギリ張らなくても聞こえるくらいの距離でそう聞くと、モンタナは振り返っては笑みを浮かべた。
「過ぎたる青春を将に謳歌せんとする若人の行いを、儂らのような老耄が兎や角言うこともなかろう。」
それだけ言い残すと、今度こそモンタナは去っていった。
随分と粋な言い回しをしてくれる。
だが、その心遣いには感謝する。
遥か上空を見上げれば、ここからでも薄っすらと皇宮のある浮遊島の底が見える。
転送陣の中央で温かい光に包まれながら、俺はゆっくりと目を瞑った。
「今行くよ、レーナ。」
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