episode.39 王国祭
「ねえ!ホラ、ウェイ!あっちにリンゴ飴があるわ!早く行きましょう!」
エリンは無邪気な子どものように駆け足ですぐ先に見える屋台を指差した。
「そんな急がなくても店は逃げねえよ。」
その様子に微笑ましく思いつつも、俺は頭を掻きながらゆっくり歩いて追いかけた。
すると、待ちきれなかったか、エリンはこちらに駆け寄ってきては腕を引っ張ってきた。
「お店は逃げなくても売り切れちゃうかもしれないでしょう!ホラ早く!」
興奮したように普段より声色を明るくして話すエリンは、普段とは違って少し面白かった。
こいつがこんなにも祭り好きだったとは、意外だな。
そう思うと同時に、エリンの父親に言われたことを思い出す。
〝 ああ見えて根は素直な子なのだ 〟
確かにそうかもな。製錬機の件もあって、最近になってエリンの素を見る機会が多くなった気がする。
「あれ?そういえば、エリン。いつから先生のこと名前で呼ぶようになったの?」
ふと横にいたルイスから疑問が飛んできた。
そこで初めて俺も気づく。
確かに、今までがドブネズミという酷い呼び名だっただけに、普通に名前で呼ばれていることに違和感がなく気づいていなかった。
俺とルイスは二人してエリンを見ると、その顔は赤くなっていた。
「べ、別にいいじゃない!そんなことは!名前で呼ぶなんて普通のことでしょう!?」
めっちゃ焦ってる。何故かは分からないが、途端にエリンがめっちゃ早口になった。
「あっ、いや、別に良いとは思うけど……。」
「そうですよ。前のドブネズミなんて論外ですが、呼び捨ても馴れ馴れしいです。」
反対側からエルトも参戦し、二人してエリンを囲いに掛かる。
「うっさいわね!あんたは黙ってなさい!」
エリンはそう言ってエルトの足を踏んづけた。
エルトは思わず声を上げるも、直ぐにぐっと堪えては、涙目でエリンを睨みつけた。
「暴力!暴力ですよ、今のは!」
「それはあんたがデリカシーないからでしょ!?」
エリンとエルトはいつもの如く喧嘩を始めた。
全くこいつらは……。
まあ今のは踏んづけたエリンも、グイグイ攻めたエルトもどっちも悪かったように思うが。
「俺は別に構わねえよ。ドブネズミよりはよほどマシだしな。エリンの呼びたいように呼べばいいさ。」
俺の言葉に、さも〝ホレ、見たことか〟とでも言うようにエリンはエルトにしたり顔を向けた。
それにエルトは歯をギシギシさせながら苦い顔を浮かべている。
「フッ、フフフ。」
そんな二人の様子に、ルイスが突然失笑した。
「ごめんなさい。何か久しぶりだなと思って。」
ルイスはクスクス笑いながら謝った。
確かにルイスの言う通りだ。
ここ最近ずっと働きづめで皆張り詰めていた。
俺も仕事上フレイと話す機会が多く、こいつらのことを見てやれていなかった。
特にルイスにはほとんど何もしてやれていない。
エリンは製錬機の件で多少は関わりがあったし、エルトに関しても今回の依頼を受けた張本人であることから、ちょくちょく話す機会があった。
結晶化も、サイズ調整も終わった今、ルイスの本領が発揮されるのはここからだが、それでもここまで師でありながら放置してしまったことには申し訳なく思う。
そういう意味でも、ここからはルイスのことをちゃんと見てやろう。
まあでも、今日は年に一度の王国祭だ。息抜きとして今日くらいは皆で楽しんでも罰は当たらないだろう。
俺は前触れなく駆け出した。
「ホラホラ。早くしないとリンゴ飴なくなっちまうぞ!ビリだったやつが全員分奢りな!」
ハハッと笑いながら俺は屋台に向かった。
「あっ!ずるいです、先生!」
「抜け駆けはなしよ!」
「僕今お金ないのに!」
三人も直ぐに俺の後を追って走り出す。
ビリにならないよう皆全力だが、その顔には笑顔が浮かんでいる。
「はあ、食べすぎたー。」
「私もです。」
「私も。」
三人で脇にあったベンチに腰を下ろしては、お腹を擦る。
前に王都にいた時にも王国祭には何度か足を運んだが、正直オーツに振り回されてた記憶しかない。
こんなに満喫したのは今回が初めてだ。
「満足、満足。」
幸福感に浸っていると、ふと目の前に腰を折って地面に膝をつくエルトに気がついた。
「僕の……僕の全財産が……。」
財布をひっくり返してはパタパタと振るが、そこからは塵一つ出てこない。
「エルト、お前足遅かったんだな。全部ビリだったじゃん。」
俺が半笑いでそう言うと、エルトはキリッとした目でこっちを睨みつけてきた。
「僕、ウェイさんのこと嫌いになりそうです。」
涙目で睨みつけられると流石に申し訳なくなる。
けど、ビリが奢るルールに一番ノリ気だったのはエルトだったような。
最初にビリになってから次こそは、と意気込んでは負け、意気込んでは負け、こちらが途中で不憫に思い払おうとしても負けず嫌いが災いしたか、エルトは最後まで諦めなかった。
まあ、それでも財布の中身がすっからかんになったことには同情する。
「そう落ち込むなって。今回の依頼が完遂されたら大金が入ってくるんだからさ。」
俺がそう言ってエルトの元に歩み寄ると、ガシッと両袖を握り締められた。
「絶対成功させましょうね!!」
涙と鼻水をこれでもかというほど流してはこちらに情けない顔を向けるエルトに、流石にこれは失敗できないと思った。
「お、おう。頑張ろうな……。」
申し訳なくも若干引きつつ、俺はエルトの肩に手を乗せては引き攣った笑みを返した。
その瞬間、上空で大きな破裂音が聞こえる。
「きれい……。」
音とルイスの声に釣られて見上げてみれば、色とりどりの花火がいくつも咲き乱れていた。
「今年ももう終わりだな。」
皆立ち上がっては四人で並んで花火を見た。
儚くも数秒後に枯れてはまた咲き、枯れては咲き――。
「下から見上げる花火もいいもんだな。」
無意識にポツリと呟いていた。
「えっ?花火って見上げる以外に見方ありましたっけ?」
ふとルイスに横から突っ込まれ、俺はズキンッと胸を痛めた。
雰囲気にやられたか。
気をつけていたつもりなのに、つい気が緩んでしまったか。
「ああ……いや、何でもない。気にするな。」
「そうですか?」
ルイスは首を傾げたままだったが、こちらの様子を察してだろう。それ以上は何も言ってはこなかった。
気づけば最後の一輪も咲き終わり、年の終わりを、そして新年の訪れを知らせる鐘が鳴り響く。
「王国祭は明日までだが、俺達は明日から仕事だ。」
「久々に羽を伸ばせたわね。」
「ですね。何だかんだ楽しかったです。」
エリンとエルトは伸びをしては欠伸を手で隠した。
「あと三ヶ月。キツイと思うけど、みんな最後までよろしくな。」
俺はそう言ってルイスと目を合わせた。
相変わらずどこまでも純粋で綺麗な瞳をしている。
「はい!先生!」
満面の笑みで元気よく返事をするルイスに俺も笑って頷いた。
王都に戻ってきて初めて迎えた王国祭。
ルイスと、エリンと、エルトと、みんなで回った王国祭。
俺にとって今日という日は特別な日になった。
そんな特別な日には特別なことが重なる。
その夜、工房に帰ると国王からの電報が届いていた――。
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