episode.36 そして少女は涙笑を溢す

 フレイを叩き起こして朝イチで来てみれば、これは一体どういうことだろうか。


「何でミシェ姉がエリンといるんだ?」


 二人して操作パネルの前でしゃがみ込むその光景は、俺の中では到底理解できない状況だった。


「ああ、ウェイ。おはよう。」


 眼鏡をかけ直して立ち上がるミシェ姉。

 それを見て一緒に立ち上がるエリンの方へ目を向けると、顔を俯かせたままこちらに歩み寄ってきた。


「な、何だよ……。」


 目の前に来ても俯いたままのエリンに呼びかけるも返事はない。


 すると、エリンは黙ったまま操作パネルの方を指差した。


「見ろってことか。」


 言わんとすることを察して、俺は操作パネルに視線を落とした。


「こ、これは⁉」


 その瞬間、俺は度肝を抜かれた。

 俺の様子を不思議に思ってか、フレイも歩み寄ってくる。


「か、完成している⁉」


 フレイも口をあんぐりと開け放っては、二人してただただ言葉を失った。


「先に言っておくけど、私は助言しただけよ。これを考えて実行したのはあの子だからね。」


 ミシェ姉の言葉に俺達は益々驚いた。

 もしそれが本当なのだとしたら、エリンは俺の期待通り、いや、それ以上の仕事をしてくれた。


 目の前の108個の数値全てが、俺が昨夜頭で考えていた数値と一致している。

 だが、驚くべきは当然それだけじゃない。


「ったく、マジかよ。これを一晩で完成させたのか……。」


 思わずエリンの方を見る。

 依然下を向いたまま顔を上げないのは何か理由があるのか。


 それにしても俺ならともかく、初めて製錬機を使うエリンがこれを一晩で完成させたのは、はっきり言って凄い以外の言葉が出ない。

 ミシェ姉の助言があったとはいえ、エリンの実力は認めざる終えないだろう。


「ちょっと待て。水を差すようで悪いが、ここだけは見直す必要がある。」


 そこでフレイが1つの数値を指差した。

 まったく、こっちは感慨に浸っているというのに、空気を読んでほしいもんだ。


 若干不快に思いながらフレイの指した数値を見た。そして同時に、なるほどなとも思った。


“ 18-E+ ”


 確かにこの数値ならフレイが間違いだと思うのも無理はない。というより、こいつに限らず俺以外なら間違いだと指摘するだろう。


「いや、それはその数値でいいんだ。」


「ん?それはどういうことだ?」


 いまいち理解していないフレイに、俺は肩を落とした。

 国認ならもう少し感づけと言いたくもなるが、そこはぐっとこらえる。


「エリン。」


 俺はエリンに声を掛けると、そこでようやく顔を上げた。

 その顔は今何を思うのか、深刻な面持ちで口元が強張っている。


「お前、ここの数値何でこれにした?」


 最初にパネルの数値を見た時感じた。

 エリンは俺の考えを汲み取ってくれている。


 そう信じたいという気持ちが先行しているだけかもしれないが、たぶん俺の出した答えは合っているだろう。


「そこは、術式の親和性を高める為にその数値にしたの。」


「親和性……そうか!そういうことか!」


 エリンの言葉でようやく理解したか、フレイは絵に描いたような典型的な思い出し方で手をポンッと叩いた。


「そうだ。お前も最初に言ってたろ。今回の術式に【暴走抑制】の術式を新たに加えるだけの余裕はないって。」


「ああ。確かにな。だからこそ、星型大二十面体なんていう術式構造を君が編み出した訳だが、それでも自壊術式にならないギリギリの範囲だ。」


「お前も知っての通り、この58〜64までの7項目は、製錬する際の術式の相性を緩和する項目だ。エリンは後々術式を銘彫する時のことを考えてこの数値にしたんだよ。」


 俺は説明を終えるとエリンはおもむろに頷いた。その仕草で意図が正しいかったことに安堵するとともに、俺の心は静かに踊った。


「よく見てるよ、本当に。」


 エリンと目を合わせては笑みを溢す。

 しかし、当のエリンの表情はまだ固いままだった。


「で、何点?」


 それは緊張か、それとも不安か。

 エリンの声は僅かにだが震えていた。


「そうだな。」


 俺はもう一度パネルの数値に視線を落とし、それから目を瞑った。そしてゆっくりと開いてはエリンと目を合わせる。


「120点だ。よくやっ――⁉」


 よくやった。


 そう言いかけたところで、気づくよりもそれはずっと早かった。


「やったわ、ウェイ!!」


 その声とともに、エリンに飛びつかれる勢いで抱きしめられた。


「そんなに強く抱きつかれたら痛えよ。」


 こちらの声も聞こえないのか、抱きつく強さは緩むどころか一層増すばかり。


 フレイとミシェ姉に見られてる手前恥ずかしいんだが、まあそれだけ嬉しかったんだろう。

 未だ自分の胸に顔を埋めるエリンに、俺は愛おしさを覚えた。


「ったく、泣くか笑うかどっちかにしろよ。」


 隙間から見えたエリンの顔は、真っ赤に腫れて雫を溜めた瞳と満面の笑みに溢れていた。

 その様子に自然と笑みを向けては、俺はその頭に優しく手を置いた。



 本当によく頑張ったな、エリン――。

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