episode.37 かけがえのない存在

「さて、次は結晶化だな。」


 エリンの頑張りで予定よりも2日早く魔石の精錬を終えられた。

 これを無駄にするわけにはいかない。


「で、今回溶質に使うものはもう決めているのか?」


「そりゃあな。今オーツに連絡して持ってきてもらってる。」


 フレイは出来た源魔石を触りながら難しい顔をし始めた。


「源魔石自体に問題はなさそうだが、大きさが少し足りないないな。これでは君の組んだ術式が彫れない。」


「そのあたりは始めから織り込み済みだ。そもそも素で直径20メートル前後の魔石なんて早々見つかるもんじゃないからな。」


「やはり”再生結晶化法”を使うつもりかい?」


「そうなるだろうな。」


 俺とフレイは術式を考えた時に書いた資料を見ながら話し合った。

 こういうところでスラスラ話が進むのは伊達に国認をやってない。


「だとすると、残り12日では間に合わないな。再生結晶化はうちの工房でやろう。」


「道具と環境は揃ってんのか?」


「もちろんだ。道具や環境には労力と金をかける質だからな。」


 そういやそうだった。

 こいつはヘルモニウムの為だけに、わざわざ辺境のロイシュターウィンに自らの足で来るようなやつだ。

 それだけで今の発言の説得力は十分ある。


「助かるよ。お前がいて良かった。」


 それはただ純粋に礼を述べただけのつもりだったが、フレイがポカンと口を開けては固まった。


「おーい、どうしたよ急に。」


 フレイの顔の前で手を振ってやると、ようやく目を覚ましたようにフレイはブンブンと首を横に振った。


「いや、すまない。君もそんな風に礼が言えたんだなと思って。」


「お前は俺をなんだと思ってんだ……って、これ前にもどっかであったな。」


 やれやれと頭を抱えそうになるも、そこで丁度エレベーターの音が響いた。


「よぉー!持ってきたぜー!」


 オーツは重そうなワゴンを引っ張ってはこちらまで運んでくる。


「ありがとな、オーツ。」


「おう!良いってことよ!」


 二人で親指を立ててはニッと笑い合う。が、直ぐにオーツの顔が暗くなった。


「けど、悪いな。碧雲鉱だけまだ見つかってねえんだ。」


「ああ、そのことか。それなら大丈夫だ。あれを使うとしたら最後だからな。今回はまだ使わない。」


「最後?魔力液かなんかに混ぜるってことか?」


 オーツは不思議そうに首を傾げた。


 それもそうか。

 名前からして明らかに鉱物――もっと言えば魔石であろう素材なら普通はルーンの元として使うか、もしくは結晶化の高濃縮エーテル溶液の溶質として使うのが一般的だ。


 その発想自体は間違っていないし、俺もその用途で使うつもりだ。

 だが、今回はその用途がかなり特殊で不確実性を伴う為、ブツが手に入るまでは正直表立って言う気にはなれない。


「んー、まあそれはまた今度な。」


「なんだよー。まあ別にいいけどよ、まーた変なこと企んでんじゃねーの?」


 オーツは怪しむ目で俺を見てきては、いつものダル絡みをしてくる。


「さあな。そのうち教えてやるから、それくらいにしてくれ。こっちも無駄話してる時間あんまないんだ。」


 そこで素に戻ったか、オーツは絡むのを止めた。


「それもそうだな。んじゃ、俺はそろそろお暇するぜ。」


 そう言ってオーツは俺たちが見えなくなるまで手を振り続けては去っていった。


「君には毎度驚かされるな。」


 そこでやり取りを黙って見ていたフレイが顎に手を沿えて呟いた。


「彼はレミリア商会の鉱石部門長だ。私も国認製錬技師としてそれなりに取引したことはあるが、あそこまで深い親交はない。君のコネクションは一体どうなっているんだ?」


「あいつとは単に友……幼馴染ってだけだよ。俺が今でも付き合いのある人間の中では一番古い馴染みだ。」


 別に友達と言っても良かった。ただ、俺があいつに抱いている感情はそんな単純なものじゃない。

 オーツがいなければ、俺は外の世界を知れなかったし、当時学校に行こうとも思わなかった。

 あいつが昔家に入り込んでこなきゃ、入り込んできたのがあいつじゃなきゃ、今の俺はなかっただろう。

 ルクスと会うことも、ミシェ姉と会うことも、そして”あの子”に会うこともきっとなかった。


 だが、この感情は俺とあいつの中にだけあればいいことだ。

 他人にそれを伝えてその価値が濁る方が俺には耐えられない。

 あいつに抱いている感情はそれほどまでに俺の中では特別なものだ。


 まあ、口が裂けても当人にはそんな事絶対に言わないけど。


「そうだったのか。いいな、そういう関係は。私にはその類の人間はいないから羨ましいよ。」


「だろうな。お前みたいな変人と長く付き合おうと思うやつ中々いない。」


「まあそうだな。だから、君には感謝しているよ。」


 皮肉を言ったつもりだったのに、フレイが真面目な顔で返してきたので逆にこっちが戸惑う。


「180人の従業員に頼られ、君やエレキスター殿のような才能に溢れた人達とも対等に話すことができる。そんな今が私は一番充実しているよ。」


 そう語るフレイの目はキラキラと光が満ちていた。


 どんな風に過ごしてきたのか知らないが、こいつの性格から考えれば、昔から人に囲まれて育っていそうだが、今の口ぶりからしてそうではなかったのか。

 だとすると、今のこいつの環境は羨ましく思う。


「さあ、だいぶ話が逸れてしまったな。素材も来たことだし、早々に準備を始めよう。」


 フレイの言葉に俺も賛同し、ワゴンの素材を一つ一つ確かめていく。


 まずは基本になる純エーテル液、それにオルトージスチロジルタンゼン、水銀、ペンドログローブ、そして最後にこいつだ。


「マグネシウムスメクタイト、思ったより量が揃ったな。流石オーツだ。」


 マグネシウムスメクタイトは粘土鉱物の一種で、今回のようなエンジン系のルーンや、電気系統のルーンに必要なリチウムを含んでいる数少ない鉱物だ。


 昔と比べ、今では産出量がかなり減っていてそこそこ貴重なものであるはずだが、よくこの短期間でこの量を揃えたもんだ。


「彼には感謝しないといけないな。」


「ああ、今度飲みに行った時は奢ってやることにするよ。」


 二人で手分けして製錬機のシリンダーに素材を順番にセットしていく。

 温度を設定し、エーテル液を沸騰させた後、シリンダーを回転させ素材を混ぜ合わせる。


 ニ時間あまり回転機にかけて順応させ濃縮したら結晶化に必要な熱高濃縮エーテル溶液の完成だ。


 流石にこの量の溶液を作るのには数時間は掛かるか。

 俺もフレイも汗びっしょりになりながらもようやく一息つく。


「これであとは源魔石をエーテル溶液に入れて冷やすだけだな。」


「ああ。今回はゆっくり冷やす必要があるし、この量だ。製錬機が使える残り2週間弱全部使ってギリギリ間に合うかってところだな。」


「そういう意味ではエリン嬢が一夜で精錬設定を仕上げてくれたのはまさに大手柄だな。」


 フレイの言うことに俺も頷き、二人してこの場にいないエリンに手を合わせた。


「あざす!!」


 二人で響くほど大きな声で礼を言った後、俺たちは製錬機の設定に間違いがないことを再確認しては、この場を後にした。


 ようやく半分。

 そしてここからあと半分。


 期限までもう4ヶ月。

 油断はできない。余裕もない。


 けど、ようやく少しは休めそうだ。



 その日、俺は帰宅して早々倒れるように眠りについた。

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