episode.34 追いかけたい背中
「もう!何で研磨だけで14個も入力欄があるのよ!それにこのFって何!?」
エリンは仕様書に齧りつきながら一人操作パネルと睨み合っていた。
もう何時間こうしているだろうか。
大口を切ったは良いものの、結局数値入力は碌に進んでいない。
取り敢えずウェイ達が既に計算し終わっている数値を入力はしてみたものの、そこから先が一向に進まない。
「どうしてあんなこと言っちゃったんだろう……。」
疲れて膝から崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。
数時間前にウェイに言ったことが脳裏を過る。
〝もし……もしも、この数値入力が完璧にできたら、その時は私にも特別に一つルーンを作って。〟
思い出しただけで顔がカーッと熱くなる。
ウェイの顔を、声を思い出す度に心が落ち着かなくなり、どこかに顔を埋めたくなる。
「やらなきゃ。」
暫くして誰もいない無音のこの場所で、エリンはおもむろに立ち上がった。
操作パネルと向き合い、仕様書にもう一度目を通しながら残り二つの数値を入力しようと試みる。
「やっぱり……ここの数値って、こっちの数値と連動してるわよね?ってことは、ここの数値をこっちの計算式に当てはめて、そこに一定範囲の乱数を指定してあげればいいのかしら?」
思いついたことはやってみよう。
分からないことが多い時はトライ&エラーを繰り返して傾向や規則性を見つけ出すことが道を開く鍵になる。
エレキスターお爺様が前にそう言ってた。
あの人の言うことなら信用できる。
あれこれ考えて数値を入力してみる。
けど、直ぐに周りの数値と見比べて違和感を感じる。
何となくだけど、この数値が違うということだけは分かった。
「もうどうしていいか分からないわ……。」
可能性のあるありとあらゆる数値を計算式に代入してみるも、しっくりくるものは何一つとしてなかった。
心が折れかける。目頭が熱くなるも、腕で拭っては、それでももう一度操作パネルに向き合った。
「諦めたくない!あの人が、あの人に、認めてもらいたい!」
まだ見落としていることがあるはず。もしくは勘違いしてることがきっとある。
仕様書と何度目かにらめっこをしては細部の注略にまで目を向けた。
「熱心ね。」
その時だった。
急に横で話しかけられたもので、エリンは思わず声に出して驚いた。
「そんなに驚かなくても……。」
「驚くわよ、バカ!急に耳元で話されたら誰だって!」
「一応何度か声は掛けたんだけど、貴女一向に気づかなかったから。」
目の前の申し訳なさそうにする女に、苦手意識も忘れてエリンは憤慨した。
「ったく……で、何しに来たのよ。」
少しして怒りがある程度収まると、今度は警戒心を強めて女と向き合った。
「そろそろ建物を閉める時間だから声を掛けに来たのよ。」
ミシェルは警戒するエリンに両手を見せて敵意がないことを示しながら歩み寄った。
「閉めるって……あっ。」
言われて操作パネルの時計を見てみれば、既に日を跨いでいた。
「ご、ごめんなさい!私ったら時間見てなくて!」
焦りながら帰り支度をしようとするエリン。だが、その手は直ぐに止まり、無意識ながらに操作パネルの方を見つめていた。
「まだやり足りないって顔ね。」
ミシェルは若干口角を上げては操作パネルに手を添えた。
「数値入力自体はあと二箇所……そういえばウェイ達は?」
進みの悪さを見られるのに気まずさを感じながらも、エリンは目は合わせないまま口を開いた。
「私が帰らせたわ。」
「どうして?」
「……一人でやってみせたかったのよ。」
口を尖らせて顔を逸らすエリンに、ミシェルは溜息をついた。
「ウェイはともかく、本来なら同行者が扱う場合でも国認製錬技師の立ち会いは必須なのに、フレイテスったらまったくもう……。」
呆れたようにもう一度溜息を溢すミシェルにエリンは益々気まずくなった。
「で、どうするの?」
「えっ?」
そこで不意にもミシェルと目を合わせてしまった。
眼鏡の奥の眼光は、相変わらず見る度に緊張させてくる。
「まだやる?それとも帰る?」
「帰るって、今もう閉めるって言ったばかりじゃない。」
ミシェルの発言の意図が読み取れず、エリンは訝し気に彼女を見た。
「もう少しやりたいならやっていってもいいわよ。」
「本当に!?」
自分の発言に直前まで怪しむような顔を浮かべていたのに、急に目をキラキラさせるものだから、ミシェルは思わず頬を緩ませた。
「ええ。本来ならもちろん駄目だけど、今回の依頼状況は私もウェイから聞いているわ。ある程度臨機応変には対応できるから、貴女がやりたいと言うなら止めはしない。」
「あ、ありがとう御座います。」
エリンは深く頭を下げた。
正直この女のことはまだ怖いし、好きか嫌いかで言えば嫌い。
けど、ここで礼を言えない程私は落ちぶれてない。
「そ。じゃあ、私は上にいるから終わったら声を掛けてね。」
そう言ってこちらに背を向けて戻ろうとするミシェルをエリンは目で追った。
「待って!!」
どうしてだろう。
思うよりも早く声が出ていた。
「何かしら?」
足を止めて振り返るミシェルと目が合い、エリンは途端に体が強張った。
心拍数が若干上がって息苦しさを感じつつも胸に手を当てて自分を落ち着かせる。
それからゆっくりと口を開いた。
「あの……その……教えてもらえないかしら?」
「えっ?」
さっきと真逆。今度はミシェルがエリンの言うことに聞き返した。
それはミシェルにとって何となく感じてはいつつも、ないものだと思っていた。
「私、どうしてもこれを完成させたいの。でも、私だけの知識じゃどうにもできそうになくて……。だから手伝ってほしくて……。」
エリンがそこまで言うと、ミシェルは再びエリンの元へ歩み寄った。
「どうして私に?ウェイやフレイテスに頼めばいいと思うのだけど?」
「それは、約束があるから……。」
「約束?」
そこでエリンは下を向いてしまった。
しかし、ミシェルは催促はせずエリンが自分から再び口を開くまで待った。
「製錬機の設定が難しいのなんて始めから分かっていたわ。自分が背伸びしていることも。」
エリンはミシェルの目を見つめた。
他のものは視界に映さず、ただ一心に見つめた。
「私、ウェイに認めてもらいたい。ウェイは製錬機のことに詳しいから分かってたはずなの。それでも私を信じてくれた。信じて託してくれた。だから、あの人の期待に応えたい。その為にはあの人の力は借りれない。だから、貴女の力を貸してほしいの。」
エリンの瞳は震えていた。
その姿は、まるでまだ言葉をうまく喋れない小さな子供が親に一生懸命に伝えようとしている――それほどまでに純粋な姿だった。
「そうね。」
ミシェルはそう言って微笑んだ。
今のエリンにはどこか昔の自分の面影を感じる。
そう、あれはウェイ達と出会ったばかりの頃の自分に似ている。
「分かったわ。一緒にやりましょう。」
その言葉を耳にした時、エリンの心の中にあった苦手意識はスッとどこかに消えていった。
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